第二章 山麓の街ラトル
第二章 山麓の街ラトル(1)荷物馬車にて
モリオン子爵領から出発した馬車は、一路、首都デルンを目指す。
乗用の馬車を用意できなかったのか、どう見ても荷物用の幌馬車なのが気になったが、ずっと徒歩で進むよりはマシだ。
そう思ってリサは馬車に乗り込んだものの、一時間もしないうちに尻が痛くなる。他の仲間を見てみると、フィズナーもベルディグロウも、なんともない顔をしている。
リサはふたりに質問する。
「ねえ、ふたりはこういう移動、慣れてるの?」
「こういう移動?」
フィズナーが聞き返した。日本の国内線の飛行機のように、ファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある世界ではないのだ。ちゃんと訊かないと伝わらない。
「えっと、座り心地の悪い、荷物みたいな移動」
それでフィズナーは理解したようだ。
「あーそうか。俺とか旦那みたいなのは、自分の馬を持つ前――たとえば、軍学校での訓練中とか、そういうときは、こういう乗り物に詰め込まれて移動してたからな。確かに、お前には不慣れな移動かもしないな」
「うう、そうか。みんなすごいね……」
それを見て、ベルディグロウが頭を下げる。
「神域聖帝教会の要人として招いておきながら、配慮が足りなかった。次の街では必ず、布団一式を用意する」
「だってよ、よかったな」
フィズナーが面白げに笑った。リサは、ありがたいのだが、なんだか妙な気分になる。
「うん。精一杯考えてくれてるんだね。でもね、絵的にね……」
++++++++++
三日の行程を経て、リサたちはその時点での最寄りの街、ラトル自治領で休憩することにした。
沐浴もしたいし、ベッドでも眠りたい。さすがに旅程が軍人基準では身が持たない。こちらは花の女子高生なんだから——いや、もう違うんだっけと、リサは思う。
到着時刻的にはまだ午前中だ。宿に突撃して、眠るわけにもいかない。どちらかというと、昼食として、ひさしぶりに保存食以外の食べ物が欲しいところだ。
「お尻が痛い……」
荷馬車から降りても、リサはよろよろとしか歩けなかった。見かねたフィズナーが声を掛ける。
「大丈夫か?」
「もう一歩で機能不全……」
「そうか、ご愁傷様だな」
「いや、もう一歩で耐えてるから。がんばってるから……」
リサは足下を見て、地面がきちんと舗装されていることに気づく。見上げると、白壁に赤い屋根の建物がたくさんあった。
ああ、ここは『街』なんだ。リサは嬉しくなる。人通りも多く、笑顔の人が多く、男も女も、子供連れも、老人もいる。
ここは、なにもない田舎町とは違う。商店がいくつも開いており、必要なものは買えそうだ。
安心すると、お腹が空いてくる。そんな様子を、フィズナーはきちんと察してくれる。
「なんだ、腹が減ったのか? なんか買ってくるぞ。日本でいう……あーあれだ、サンドイッチみたいなやつがあるぞ」
「じゃあ、それお願い」
「了解。じゃあ、その辺の芝生で座って待ってな。道路にいると、馬車に轢かれるから危ない」
「芝生で立ってる。お尻さんはあと一撃が限界……」
「あー……。そうか、早めに買ってくるな」
「ありがとう……」
フィズナーが買ってきてくれたサンドイッチのような食べ物を、リサたち三人は頬張る。パンの部分が堅くて歯ごたえがあるが、超分厚いクレープに焼いたベーコンを挟んであると思えば、美味しく食べられる。
それにしても、こんな厳しい旅を首都デルンまで続けるのだろうか。国家的賓客の扱いをしろとまでは言わないにしても、もう少し乗り心地のいい乗り物が欲しいところだ。
もぐもぐと咀嚼していると、とある看板が目に入る。
『秋津洲物産・オーリア帝国現地法人・ラトル駐在員事務所』
リサはもしやと思い、分厚い肉クレープを食べきると、星芒具の周りの装飾を外し、そして星芒具も外す。
すると突然、ありとあらゆる看板の文字が読めなくなる。星芒具にある翻訳機能が切り離されたからだ。
だが、例の看板だけは、読める。
『秋津洲物産・オーリア帝国現地法人・ラトル駐在員事務所』
日本語だった。
……ちなみに、人々の会話は星芒具を外した状態でも聞き取れる。それは、オーリア帝国の人がみな星芒具をつけていて、彼らの翻訳機能が生きているからだ。
リサは大急ぎで星芒具を巻き直し、金具を付け直し、さらにその上から玉の装飾を巻く。再び、すべての看板の文字が読み取れるようになる。
「フィズ、グロウ、あれ」
リサは例の看板を指さす。
「あー、秋津洲物産の事務所、こんなところにもあるのか」
「寄っていくか」
「寄っていこう、寄っていこう! 日本人とか、いるかもしれない!」
++++++++++
リサたちが例の看板のある建物に入ると、建物内の廊下から、五人ばかりの日本人が書類作業をしているのが見えた。全員男で、スーツを着ていて、あろうことかこの暑さのなかでネクタイを締めていた。
リサの口から、やったー日本人だ、の代わりに出てきた言葉がこれだ。
「うわあ。めっちゃ日本人だ」
だが、確信はもてた。ここは秋津洲物産の事務所で間違いない。万が一にも間違いはない。
リサは意を決して、ドアをノックしてみることにした。
「あのー、すみません」
普段訪問者などないのか、若い女の声が掛かることなど稀なのか、事務所内には少し戸惑いがあった。それからしばらくして、一番若い男がドアを開けた。一番若いとはいっても、三十の半ばは超えていそうだ。
「なにか?」
「えっと、近くを通りがかったもので、ご挨拶に寄らせていただきました」
「それで?」
「えっと、わたし、澄河御影さんの友人……に限りなく近い存在でして」
「澄河? 澄河って誰?」
「えーとですね。秋津洲財閥の次期総裁とお聞きしていますが……」
リサの説明に、その男はいまひとつピンときていないようだった。それゆえに、上司に質問投げる。
「すみません、うちの社長って、
その質問には「そうだな」という答えがある。
「だから、澄河?御影?とかいうのはうちと関係ないの」
リサは愕然とした。天下の秋津洲物産社員がこんな様子とは。自分の所属する会社組織のこともよく知らず、ただただ思考停止で働いているのだろうか。
「えっとですね。それは物産さんの社長かと。わたしが話しているのは、財閥総裁のほうでして」
「あーそれ、早く言えよ」
(言ったよ!)
「澄河……たしか、厳一郎が財閥総裁。だから、御影とかそういうフカシで時間とらないでくれる? こっち忙しいんだけど。子供でも見たらわかるでしょ? オーリア人はほんと暇そうでいいよな」
「いや、だから、その厳一郎さんの息子さんで、持株会社の役員をなさっている息子さんの繋がりと言ってるじゃないですか。それに、わたし、日本人なんですが」
「はあ? 日本人なのに星芒具つけてるの? それ使えるの? ファッションだったらホントまぎらわしいんだけど」
「使えるから付けてるんですよ。わたし、これでも国防軍所属でした」
「また嘘ばっかり。アーケモス人の低レベルな話には付き合ってらんないの。帰った帰った」
「あ、ちょっと……!」
ドアが閉められようとするさなかに、食べ物を手一杯に抱えた女がやって来て、声をあげる。
「あ! リサさんじゃないですか! ここにいたら会えるんじゃないかと思ってたんですよ!」
リサやフィズナー、そしてグロウが見た先にいた、声の主は、ノナだった。
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