終章 もしも出会いが違ったら(2)昼の楽しみ
十二時半。ランチタイム。
リサは学食に入って、カツカレー担当のおばさんと目が合った瞬間にカツカレーがよそわれ始めるほどのカツカレーマニアだ。
正直、ほかのメニューで悩んでいる時間がもったいないのだ。昼は食べるものを固定してしまって、夕食でバランスを取るのがいいと、リサは考えている。どうせ夕食をつくるのも自分なのだから。
「っはぁー! やっぱり日本の食べ物は美味しいですね!」
リサの向かいに座って、美味しそうにうどんをすすっているのはノナだ。
彼女はアーケモス世界のオーリア帝国出身。秋津洲物産のオーリア帝国現地法人の現地採用職員だ。リサの四つ上の二十二歳。それがどういうわけか、日本の本社に出向になっている。こうして学生に混じって暮らすのも、仕事のうちというわけだ。
リサとの出会いは、四ツ葉市内のコンビニで小銭の取り扱いで困っていたところを助けた縁だ。それ以降、ノナもまた、ザネリヤのようにリサの家に入り浸る仲間となった。
ちなみに、好物はコンビニのご褒美プリン。いつか本国に帰ってご褒美プリンを流行らせようというのが、ノナの密かな野望だ。
「学食のうどんなんて伸びまくりじゃん」
「なにを言うんです。それがまたいいんじゃないですか」
グズグズのうどんを美味しそうに食べるノナを見て、リサはいつか、うどんの本場で食べさせてみたいと思うのだった。いったい、どんな反応をするだろう。
ちなみに、「うどんの本場に行きたい」などということは、決して鏡華に知られてはいけない。彼女のことだから、「日本三大うどん」に数えられる場所六カ所くらいには連れ回されそうだ。……だいたい、日本三大○○で、本当に三つだったためしはない。
さらには、ノナはリサの友達のよしみで、鏡華によって生徒会の助っ人メンバーにもなっている。ノナは秋津洲物産の社員だから、秋津洲財閥のお嬢様が欲しいと言えば、物産側が手を引くしかない。
もうめちゃくちゃだ。
そんなめちゃくちゃに身を置いても平気なのか、ノナは文化祭の出し物を提案する。
「文化祭にはうどんバー。間違いなく来ますよこれ」
「ノナ、日本の飲酒可能年齢は二十歳から。わかる?」
「あー、そういえば学食にお酒ないですね。どおりで」
「前も説明したよ?」
「ははは、そのときは、酔ってましたので!」
「しらふだったよ?」
「それ、古典語の授業を覗いたときに見ました。ああ、これは酒を飲んでいるときに見た夢か。それとも夢の中で飲んだ酒か、と」
「そんな授業はないよ」
ノナはとても元気だ。こんなふざけた調子でも、本国では主計学院という名門校の出身だという。世の中、わからないものだ。
++++++++++
昼食を終えて食堂棟から新館へ向かう最中に、普段見かけない人を見た。
軍服を着ているから、軍人のようだ。そして女性だ。いわゆる制服組というやつなので、エリートなのだろう。
リサはとりあえず、声を掛けてみることにした。
「あの、どうかしましたか?」
軍人の女性は声を掛けられて、はたと我に返る。
「ああ、すみません。国防大学校のOGとして、母校で講演をしなさいという命令が出たものでね。ちょっと母校の様子を見に来たってわけです」
「じゃあ、卒業生のかた――先輩なんですね。そういえば、来月あたりに大学進学した先輩たちとの懇談会があったような」
軍人の女性は、我が意得たりとばかりにリサを指さす。
「そうそれ。変な話、現役の国防大生は訓練で忙しくてね。こうして、キャリア入隊した私のほうが手が空いちゃってるわけ。だから、大学生に交じって話をするとか、なんか浮きそうで」
「えー、でも、国防大を出られたばかりなんじゃないですか? 軍服がちょっとかっこよすぎますけど、私服なら大学生みたいな感じで行けそうですよ」
「すごくはげましてくれるね。まあ実際、大学出て二年なんだけどね。ああそうだ。私の名刺ね、渡しておくから。私は安喜優子。階級は少尉」
リサは安喜少尉から名刺を渡されて驚く。
「少尉! 国防大出たキャリアだと、ここからスタートなんですか?」
「まあ、だいたいそう。短い期間、曹長ってのも経験するけどね。ほんといい職場よ。アーケモスと繋がってからは敵国らしい敵国もないし。日本一安全で安定した職場。ぜひおすすめよ。ええと、あなたは――」
「逢川です。逢川リサ」
「逢川リサさんね。じゃあ、ぜひ国防軍へ――違った、国防大へ来てね。こんなまったりなお仕事ないからホント。宇宙人でも攻めてこない限り平和。むしろ、秋津洲財閥系とか入ったらみんなハードワークよ」
「あー、その点、わたしは一応、法曹を目指してまして。国立大の法学部に入れないかなと思っているのでして……」
「そっかー。それもありよね。法曹三者に企業弁護士にと、幅広く活躍できるから、面白いのかも」
「ありゃ。負けないで国防大のアピールお願いします。安喜少尉」
リサにそう言われ、安喜少尉は舌を出して頭を自分でコツンと叩く。
「いけないいけない。自分が何の宣伝をするのか忘れるところだったわ」
リサは、この人は軍人なのに、お茶目な人だなと思った。根が素直なのがどうしてもにじみ出るようだ。
そこで、リサは思いだしたことを語る。
「そうだ、安喜さん。ここの卒業生なんですよね? もうすぐ文化祭なんですよ。ぜひ来てください。詳細は……この名刺の番号に電話すればいいですか?」
「あ、うれしい。この学校の文化祭、本当に生徒の自主性満開でやりたい放題だから大好きだったのよね。……逢川さん、学校楽しい?」
安喜少尉に問われ、リサは満面の笑みを返す。
「もちろん! めちゃくちゃ楽しいです!」
++++++++++
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