終章 もしも出会いが違ったら

終章 もしも出会いが違ったら(1)朝、家族と友達

 日本、青京都、四ツ葉市、大泉。


 リサはいつもの自分のベッドで目を覚ました。


 六時三十分。平常通り。


 目覚めはいいほうなので、さっと起きられる。パジャマを脱いで、タンスのドアにハンガーで掛けておいた半袖の制服に着替える。そして、プラスチックのリムフレームのメガネを掛ける。これは学校へ行くとき用のものだ。


 それから、ベッドを綺麗に整頓して、脱いだパジャマも畳んで、階段を下りる。



 リビングのテーブルには、五人分の椅子が並べてある。


「お母さんって、昨晩も夜勤だっけ?」


 返事がない。返事がないということは部屋で眠っているのだろう。


 リサは壁に掛けてあるエプロンを慣れた手つきでつけると、冷蔵庫から玉子を二個取り出し、さっとボウルに割って溶く。換気扇をつけ、フライパンに油を敷き、溶き卵を流し込んでいく。


 ジュウジュウという音とともに香ばしい香りがしてくる。それをリサは菜箸で器用に巻いていく。玉子焼きだ。


 そんななかで、気の抜けた声が聞こえてくる。


「おはよー」


 妹が起きてきたのだ。朝はこんな感じだが、五歳とは思えないほどよくできた子供だ。


「おはよう、トモシビ。すぐできるから、座って待っててね」


「うん。トモね。ゆめみたの」


「夢? どんな夢?」


「ほんやさんでバイトしてね、それからうちゅういった」


「そう。じゃあまず、お姉ちゃんと一緒にバイトしてみる?」


「うん。ゆめではいっぱいほんよんだ」


「売り物だよー。いっぱいはさすがにまずいよね」


「ほんやさんがいいってゆった」


「そっかー。いい本屋さんだね」


 そんな会話の間にささっと玉子焼きが出来上がる。それを皿に上げて、切って分ければ二人前のできあがりだ。


++++++++++


 妹のトモシビを幼稚園の制服に着替えさせ、家の前まで来てくれる送迎バスに乗せて見送る。


 そうしたら、自分も学校へと向かう。幸い、学校は徒歩圏だ。


 もうすぐ文化祭だ。


 高校三年生の生徒会役員として、リサにはやることがたくさんある。



 八時二十分。校門近くで黒縁メガネの寺沢豊継に出会う。


 寺沢はリサがかすかに好意を抱いている相手で、生徒会の副会長だ。会う度につい、手櫛で髪を整えてしまう。常にうねっていて、手櫛なんかではどうにもならない髪だとは知りつつも。


「おう、逢川、おはよう」


 寺沢のあいさつに、リサは少しドギマギする。


「う、うん。おはよう、寺沢君」


 ふたり以外にも多数の生徒たちが登校する時間だが、校門前に黒塗りの高級車が止まる。運転手がドアを開けて、出てきたのは澄河鏡華だ。さすがに、日本が誇る大財閥、秋津洲財閥の総裁の娘ではある。


 鏡華は生徒会会長で、いつも突拍子もないことを思いつくトラブルメーカーだ。一方の寺沢はそのトラブルを軟着陸させるプロだ。


「あら、リサ、寺沢君。おはよう」


「おはよう、鏡華」「おはよう、澄河」


 三人で校舎のほうへと進みながら、会話が始まる。


「さあ、文化祭も近づいてきたわね。生徒会も独自企画やるわよ! 『タコ怪人と四十人の芸達者』ってのをやるんだったわよね」


 またもや鏡華が無茶苦茶言うのを、寺沢が諫める。


「四十人の芸達者って、四十種類もなにか得意なことを考えるのか? それはまた難儀な……」


 そこへリサが突っ込む。


「いや、その前になんでタコ怪人が出てきたのかから始めようよ……」


 しかし、鏡華は気にしない。むしろ、タコ怪人の設定を深めていく。

 

「タコ怪人はその名に反して結構、爽やか系なのよ」


「爽やか系とは?」


「味が」


「味か」


 八時三十分が始業なので、三人とも自分教室へと入る。寺沢と鏡華は同じクラスだが、リサは別のクラスだ。リサは寺沢のことをほんのり好意的に思いながらも、鏡華とお似合いだなと思ってしまう。そしてモヤモヤする。


++++++++++


 一時間目、現代国語。二時間目、日本史と、授業が進んでいく。


 十時三十分。三時間目。異文化理解の時間だ。


 日本という国は七年前の一九九五年にアーケモスという世界と一体化した。いまや外国――異文化といえばアーケモスなのだ。


 そして、アーケモスという世界の中でも、日本はオーリア帝国とウェータ帝国という二大帝国と交流がある。


 この異文化の授業を受け持ってくれるのはザネリヤ先生だ。彼女は本来的には和光市にある研究所の研究員なのだが、リサと知り合いのよしみで、こうして出前授業を買って出てくれている。


 ザネリヤ先生とはどういう経緯で知り合ったか、リサはもう忘れてしまった。だが、互いの家に頻繁に遊びに行くような関係だ。


「……基本的に古い文明というのは、人間や牛馬でモノを動かしていたわけだ。つまり、筋肉が動力源のすべてということだな。ところが、空冥術は人の筋力を超えたことができるようになる技術だったわけだ。そうしてアーケモスは発展した。日本のほうでいう、蒸気機関の発明のようなものだな」


 蒸気機関を発明したのは日本ではないが、もうこの世界にはイギリスなどの地球の他国はない。だから、それを細かく説明しても詮ないことだ。どこかで元気にしているだろうか、マンチェスターは。


 ザネリヤ先生の授業は続く。


「ほかにも、星芒具という道具には翻訳機能や通貨決済機能があるわけだな。日本じゃ現金だろう? 飲み会で割り勘するのが面倒でしょうがないよ」


 そうすると、ヒソヒソ話が湧いてくる。また先生が酒の話してるよ。あの人、酒とタバコばっかだよね、などなど。


 生徒の誰かが手を挙げる。


「せんせー。日本でも携帯電話決済が始まりました」


 ザネリヤ先生は我が意を得たりとばかりに生徒を指さす。


「それそれ。それの個人間送金をやってほしいんだよな。……あ、チャイムが鳴ったからここまで。来週までに教科書は第五章まで予習で読んどいてね」


 そこでリサが手を挙げる。


「ザン先生、教書通りに授業進んだことないですよー」


「黙りなさい。教科書と授業で別のこと学んだほうが二倍学べてお得!」


 ザネリヤ先生の授業はいつもこんな感じだ。それでも面白いので、生徒からの人気は高い。そして個人的には、せっかく四ツ葉市まで来たのだしということで、終業後にリサの家に遊びに来ることもしばしばだ。


++++++++++

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