第十一章 汝の終焉を愛せ(2)悪食
「罪人、罪人ね」
リサは光の弓を向けながら、『予言の神』へと距離を詰める。
激昂する『予言の神』。
「そうとも! 貴様らは罪にまみれている! エグアリシアの苦悩を救えず死んだミオヴォーナ! 信仰対象たるリサを苦悶させたラミザ! そして、おのれ自身に嘘をつき、この世で最も卑賤な神となった逢川リサ!」
呼吸が止まる気がした。いや、ここは冥界――死者の世界。呼吸など最初からないはずだ。だというのに、三人とも、図星を突かれたように硬直してしまう。
だが、真っ先に硬直が解けたリサが言う。
「それは、違うよ」
『予言の神』が顔を
「なにが違うというのだ」
リサは大きく息を吸い込む。
「ミオヴォーナの戦いは終わっていない。逢川リサとして、エグアリシアを愛し、育てている。ラミザの信仰は友情となり、死後ですらわたしを支えてくれている」
「
「そして、わたし、逢川リサは最も卑賤な神となったおかげで、ほかの神のもつ悪徳を捨て去った」
「なに……?」
「わたし自身の肩に世界を載せようとはもう思わない。それは傲慢だ。でも、世界を愛し続けようと思う」
リサの言葉に、『予言の神』は嘲笑う。
「
「人々はさまざまな形で神を頼った。わたしはそれを見てきた。けれども、人神たるわたしは、神を頼ることができない。わたしは、自らの力で困難を踏み越えていかなければいけない」
「人間に堕ちた貴様のどこにそんな神性がある!」
「神性など要らない! 生き方だ!」
「ほざけ! たかが人間が!」
「さあ行け、天弓『ヴィ=ロイオ・レプリカ』!」
リサは細かい矢を上空に向かって無数に放つ。そしてそれが、即座に地上へ降り注ぐ。
当然、『予言の神』は『未来視』で先読みをしようとした。しかし、回避できるルートがない。もう素早く動くことだってできない。
いくら先読みができたとしても、諦めるほかない戦術をとればいいのだ。
リサの放った無数の矢によって、『予言の神』は身動きが取れなくなる。そして、そこへすかさずラミザの黒い大剣が襲いかかる。
『予言の神』の胴体は吹き飛び、頭と右足だけが残る。そして――。
「危ないからどいて!」
ミオヴォーナの声と共に、ラミザが後方へ跳ぶ。その瞬間、ミオヴォーナの天弓から放たれた光の束が『予言の神』を
まさに焦熱。『予言の神』の残った部分はその熱線によって灼かれていく。
その様子を見て、冥界の女主人は笑い、リサたち三人を称賛する。
「よい! わらわはここから動けぬゆえ、あまり娯楽がなくての。原星辰界の神を相手にここまでやるとは、胸がすくようだわ!」
リサは視線を『予言の神』から逸らさず、光の弓を構えたまま答える。
「それは、まあ、よかったです」
しかし、『予言の神』はまだ残っていた。まるで悪夢のようだ。頭蓋骨だけになった彼はふわふわと浮き上がり、三人に向かって言う。
「この俺をここまでにしてくれたな。許さん、許さんぞ。貴様らの魂をバラバラに引き裂いて、その魂まで辱めて――」
『予言の神』の言葉はそこで終わった。彼の頭に、リサの光の槍が突き刺さったのだ。
「な、どうし……て……」
『予言の神』の頭蓋骨は崩れ去っていく。
リサは言う。
「あんたのくれた『未来視』と『遠見』、もうここまで先まで読めるようになったんだよ。わたしがあんたの前に立ってから、一度も、槍を使っていないのに気づかなかった?」
「ま、まさか、ここへ来たときにはもう、槍を投げていたと――」
「そういうこと。役立たせてもらったよ、『未来視』と『遠見』。じゃあね、あなたとは二度と会うことはないでしょう。さようなら」
そうして、『予言の神』はその魂もろともそこで砕け散る——はずだった。
「ああ、ああ、面白い。『予言の神』の頭が串刺しになってるなんて」
リサの聞いたことのない声だった。だが、どことなく、誰かに似ている気がする。
ぱち、ぱち、ぱち、と拍手の音が聞こえる。
黒い髪の、癖毛の少女。リサが黄泉の国の向こう側で見た女性を、幼くしたように見える。年の頃は十代中盤といったところだろうか。見たこともない文明の黒い服を纏っており、装飾のために散らされた無数の玉飾りが眼のように見える。
不気味な様子がする。
おもむろに、少女はその手で『予言の神』の頭を掴むと、なんの容赦もなくそれにかじりついた。そして、砕け散っていく欠片をもったいなさそうに両手で受け止めては口へと運んでいく。
——意味がわからない。
リサも、ラミザも、ミオヴォーナもただただ呆然として、その様子を見ているしかなかった。冥界の女主人ですら、壇上で呆気にとられているほどだ。
もはや、『予言の神』はその身体も魂も砕け散っている。
黒髪の少女は残念そうな表情を浮かべる。
「……味はあんまりしないのね。焼きすぎかしら」
「な、なんて
ミオヴォーナがそう言いながら後ずさりをした。すると、それを聞いた黒髪の少女は、両手のひらを合わせて、むしろ嬉しそうにする。
「ええ! わたしをそう呼ぶ者もあったわ! そう、たしか、ママの国、日本では、わたしのことを『アクジキ』と呼んでいたわよね。ね、そうでしょ、ママ!」
黒髪の少女の緑色に輝く両眼が、三人をとらえる。その表情は笑っているはずなのに、根源的恐怖を覚えずにはいられない。
だが、唐突に冥界に現れたこの少女が、リサのことをママと呼んでいるのは奇妙だ。いや、奇妙を通り越して、不気味だ。
リサは光の弓の狙いを黒髪の少女の心臓に向ける。
「お前は、いったい——」
しかし、少女は臆することなく軽く頭を下げ、優雅にあいさつをする。
「こちらでは初めまして、生まれてから二十数年しか経っていない幼いママ。わたしは『アクジキ』『星魚』『星の悪魔』。人類がミンソレスオーと呼ぶことが多かったもの」
「ミンソレスオー……。そんな莫迦な……」
「ママが付けてくれた名前はソレス。いつの間にか人類どもの間で訛ってしまったみたい。だから、ソレスと呼んでちょうだい。ママとそのお友達!」
ソレスが胸に手を当てて微笑んだと同時に、彼女の服の玉飾りが一斉に笑った——ように見えた。
リサは、恐怖に打ち勝つために一度奥歯を強く噛んでから、質問を投げかける。
「ソレス……と言ったね。あんたはいったい、なにをしにこの冥界に来たの?」
ソレスはリサと話すたびに、嬉しそうに眼を細める。
「神であるからには、神のように名乗るわ。わが名はソレス。『
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