第十一章 汝の終焉を愛せ

第十一章 汝の終焉を愛せ(1)時のねじれ、奇縁

 リサは着地した。


 周囲にいる人々はみな歩き回っているが、目的地を持っているようには見えない。どこへ行くのか、行かないのか、まるではっきりとしない。

 

 空はくらく、あかく、黒い雲が流れている。


 リサはこの場所に憶えがある。


「ああ、冥界だ」


 死者が『死の門』をくぐるまでの一時的な居場所――冥界。すべての宇宙の死せる魂が集まる場所だ。



 どうやら『時の神』は味方してくれたようだ。百万年以上も前に死んだミオヴォーナと同じ時期の冥界に送り込んでくれるとは。


 あの超越者は何を考えているのだろう。リサの足掻あがきを――人間の足掻きを、娯楽のように見て楽しんでいるのだろうか。



 いままさに、ミオヴォーナが『予言の神』の右腕を槍で斬り落としたところだった。予言の神の右腕『可能性の右腕』は過去と未来を書き換える能力を持つ。初手でそれを落としたのは彼女の英断だ。


 だが、考えてみれば、彼女の手持ちの武器に槍はないはずだ。彼女の武装は天弓ヴィ=ロイオ。……つまり彼女は、槍という武器を、未来のリサから前借りしたことになる。


 やはり、リサとミオヴォーナは繋がっている。魂を共有している。



 石造りの壇上にいる冥界の女主人エリナーはミオヴォーナの戦いを観ていた。だが、いま到着したリサを見て、眉を上げ、口をすぼめる。声もなく「おお」と歓声を上げているかのようだ。


 そう、リサの攻撃は奇襲でなければならない。このままだとミオヴォーナは『予言の神』に敗れ、その魂を破壊されるだろう。


 その前に、『予言の神』を葬り去らなければならない。



「き、貴様アアアああアアアアアアッ!」 


 冥界に『予言の神』の叫びがこだまする。右腕を失った『予言の神』が、憎悪を込めてミオヴォーナを睨み付ける。


「許さん……。許さんぞ」


 ミオヴォーナは即座に距離を取り、天弓を構え、引き絞り、放つ。『予言の神』の左肩が砕け散る。左腕は辛うじて付いているような状態だ。


 しかし、次の矢は『予言の神』の左手に弾き飛ばされた。左肩を吹き飛ばしたはずで、無力そうに垂れ下がっていただけの左手に、だ。


 リサは知っている。彼ら異界の神は、そんなボロボロの状態でも、まったく能力が落ちない。取れかけの左手だと油断してはいけないのだ。


 ミオヴォーナが何発矢を射かけようと、すべて『予言の神』に回避されてしまう。そして、『予言の神』の左手が、彼女の頭部をひねり潰そうと伸びてくる。



 そこへ、リサが割り込む。全力で『神護の盾』を展開する。


「あ、あなたは――」


 驚きの声をあげるミオヴォーナに、リサは答える。


「わたしはリサ。あなたを助け来た。詳しいことはあと」


 当然、『予言の神』は驚愕する。本来の歴史上、そこにいる予定のなかった者が入り込んできているのだから。


「逢川リサ、だと!? ミオヴォーナの二重存在がなぜここに!?」


 カツ、カツ、カツ、カツ――。


 『やつ』の心音がする。『やつ』の足音がする。


 『予言の神』はその音に向かって怒鳴る。


「『時の神』! 貴様、どこまでこの俺を愚弄すれば気が済むのだ! だが、まあいい。俺の妃になるべき魂が二重になって現れたのだから――」


 下卑た笑いを湛える『予言の神』。そこに向かって、黒い一閃が走る。それは『予言の神』の胸に直撃し、轟音を上げながら彼を吹き飛ばす。



 気がつけば、リサとミオヴォーナの前に、黒い大剣を持つ八枚翼の黒天使がいた――ラミザだ。


 ラミザは振り返り、リサに言う。


「まさか、あなたまでここへ来てしまうとはね、リサ。絶対に、帰ってもらうから」


 リサは苦笑いする。まったくだ。ラミザはリサを守って死んだのだ。なのに、冥界で顔を合わせてしまったとなると、怒りたくもなるだろう。


「ごめんね。でも、ラミザまでここにいてくれると、心強いよ」


 ミオヴォーナ、リサ、ラミザの三人を同じタイミングで冥界に送り込んだのは『時の神』だ。現世と冥界では時の流れがねじれている。『時の神』はそれを逆手に取ったのだ。


 満身創痍の『予言の神』が立ち上がる。だが、まだ油断ならない。


 原星辰界の神は、取れかけの四肢でも、繋がっている限りは最大の力が出せる。無力化するには、いままで以上の攻撃力が必要だ。


 

 ラミザは黒い大剣を振るう。


「わたしはね、リサを妻に欲しいと言う輩はすべて、却下してきたの」


「やかましいぞ、小娘!」


 再び襲いかかってきた『予言の神』とラミザが攻撃の打ち合いをする。


 『予言の神』はもう油断していない。ラミザの攻撃をきちんと先読みし、それを防いでいる。


 リサは隣に立つミオヴォーナに指示を出す。


「ミオ、『予言の神』を全力で吹き飛ばす準備をしておいて。足止めはわたしがする」


「でも……」


「いいから、心配のほうはこっちに任せて」


 リサは手に光の弓を喚び出す。それは、ミオヴォーナがもっている天弓『ヴィ=ロイオ』によく似た形状のものだ。



 『予言の神』はラミザとの間合いを取りながら、『可能性の右腕』へと駆け出す。もし彼が右腕を取り戻したら万事休すだ。過去も未来もなにもかもが書き換えられて、彼の思いのままになってしまう。


 リサは叫ぶ。


「ラミザ! 右腕を取らせないようにして!」


「わかったわ!」


 八枚翼の黒天使――ラミザは大剣を『予言の神』の胴体に叩き込む。彼女の力はリサの『神の選択』によって強化されている。


 しかしどうして、彼は頑丈だ。跳ね飛ばされるものの、すぐに立ち上がって、大地に転がる『右腕』のほうへと駆け戻ろうとする。


 駆け回るリサ。彼女は『予言の神』が『可能性の右腕』へと近づくたびに、光の弓で矢を射かけ、右腕を遠くに飛ばしてしまう。


「畜生、貴様――」


 『予言の神』が振り返ったとき、無慈悲に振り下ろされる大剣がそこにあった。ラミザの大剣は彼の左腕をついに引き千切り、左脚を斬り落とした。


 もはや、『予言の神』の機動力は損なわれた。彼はそこから素早く動くということはできない。


 リサは、ミオヴォーナに言う。


「これはミオのおかげ。もし『予言の神』に右手があったら、戦いにもならなかったはず。『予言の神』の右腕は、過去も未来も自在に書き換える権能だから」


「やっぱり。そんな気はしたんだ。一瞬、わたしの『未来視』で、よくないものが見えたんだ。そうか。まず右腕を攻撃したのは正解だったんだ」


 ミオヴォーナの言葉に、リサはうなずく。


 苦し紛れか、右脚だけで立つ『予言の神』は呪いの言葉を吐く。


「貴様ら、揃いも揃って罪人のくせに!」

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