第十章 親として(3)そうあれかしと願って

 それからリサは、ザネリヤに言う。


「ザン、すごく残念だけど、『可能性の右腕』を使うよ」


 ザネリヤは哀しそうに目を伏せる。


「そうか。結局そうなったか」


 リサが言ったことは、まだザネリヤだけが理解していることだ。ベルディグロウにも、ノナにもわからない。同様に、ガリアッツの会議参加者の誰もわかっていない。


 リサはフラムとメリヤを見やり、命令する。


「フラムよ、メリヤよ、わたしが命じる。われわれに反抗するな。また、反抗する者があれば取り押さえよ」


「はい」「はい」


 フラムとメリヤはそう答えてから、はっと我を取り戻す。これでガリアッツ側の四人は、リサとその仲間に一切手出しができない。


 リサはガリアッツ陣営側の座席を示す。


「まあ、四人とも座って下さい」


 妙に落ち着いた様子のリサに不信感を抱きながら、フラムもグオルーもメリヤもヴージンも席につく。むしろ、立っているのはリサだけだ。


 フラムがリサに言う。


「なにをする気だ?」


「歴史のおさらいです」


「歴史だと?」


 リサは歩き、向かい合った両陣営の間、テーブルの端に立つ。


「『星の悪魔』は節操なしのコレクターです。惑星から惑星に跳び回り、国家を剥がして付け替える。ガリアッツはその典型。全国家が他所よそから移植されたという『星の悪魔』の逸品」


「それはそうだが、それがどうした」


 フラムは不安から怒鳴った。一方、これから何が起こるのかを知っているザネリヤはひとり静かに、哀しそうな顔をしている。


 リサは話を続ける。


「日本も、いまのファゾス共和国も同様です。『星の悪魔』に食べられて、国ごと惑星アーケモスに移植された。それが、わたしたち四人の出会う切っ掛けになった」


「だからなんなんだと聞いている。お前の娘はもう死ぬのだぞ!」


「両国の歴史の共通点を話しているのです。ここで考えてみて下さい。もし、『星の悪魔』が最初から存在しなかったら? です」


「はあ? あの『星の悪魔』がいなければ――」


「ガリアッツはこの星辰界うちゅうに存在しない」


 傲慢にも星々を蹂躙じゅうりんしつくし、そのあとになって、自分たちより強い者がいたことを知って、征服する気さえ失った気の弱い強国ガリアッツ。それがもし、最初からなかったとしたら……。


「それは、ただの仮定の話だ。そんなことを言っても意味がない」


「だけどわたしには、原星辰界の神が落とした『可能性の右腕』のありかがわかる。この右腕には、で、過去も未来も書き換わる力がある」


「そっ、そんなふざけた代物が……!」


「だから、わたしは『可能性の右腕』を取ってくる。それを振るえば、『星の悪魔』は消え、ガリアッツも消滅する。ガリアッツがなければ、トモシビは狙われない」


「ほ、『星の悪魔』を消し去るだと? そんなことをすれば、この星辰界はいまとまったく違った姿になってしまう!」


「トモシビを救うにはこうするしかない。いまからガリアッツを滅ぼしても遅いのなら、ガリアッツを存在しなかったことにするまで。それとも、フラム。さっきのは取り消しできないの?」


「取り消しは……できない。できるようになっていない」


「ならば、これで決まり」


 そう言ってリサは、仲間たちの肩を一度ずつ叩いていく。ベルディグロウ、ザネリヤ、そしてノナ。


 それから、リサは仲間たちから少し離れたところで、両膝をつく。そして、一度祈るように目を閉じると、目を見開き、左手に光の槍を出現させる。


 ガリアッツの四人は、その姿に動揺した。いったい何が起こるのか、まるで見当もつかないからだ。


「リサ!」「リサさん!」


 嫌な予感を覚え、ノナとベルディグロウが立ち上がった。だが、リサに右手で制止されて、ふたりともその場で止まる。ザネリヤはただ、座ったまま目頭を押さえていた。


 リサは言う。


「『可能性の右腕』のある場所は、冥界。だからわたしは、そこへ行かなきゃならない」


「リサさん、それって――!」「それは駄目だ、リサ!」


 ノナやベルディグロウが叫ぶのを、リサはまた片手で制止する。


「いいから聞いて。これが成功すると、みんなにはもう、会えないかもしれないから」


 ベルディグロウもノナも、ただうなずくしかない。


 リサはひとりずつに言葉を残していく。


 まずはベルディグロウに。


「グロウ、これまでありがとう。オーリア帝国の妹さんにくれぐれもよろしくね。あと、トモシビが助かるはずだから、迎えに行ってあげて。……絶対に、冥界まで追って来ちゃ駄目だからね」


 そして、ザネリヤに。


「ザン、長い付き合いになったね。壊れた星芒具をたまたま修理してくれたお姉さんが、ここまで一緒に来てくれるだなんて思わなかった。いろいろ導いてくれたよね。ありがとう」


 最後に、ノナに。


「ノナ、まさか、路地裏で助けた縁がここまで続くなんて不思議だね。文化祭も楽しかった。オーリア帝国のドライブも楽しかった。そして、ここまで一緒に戦ってくれてありがとう。ぜんぶ楽しかった」


 リサは笑顔のまま涙を流す。もう彼女は、自分の痛みに対する鈍さを克服していたのだ。——最後の最後になって、ようやく。


「はは、おかしいな。親として、覚悟は決まってたはずなんだけど。もうトモシビの手を引いて歩けないんだと思うと、涙が止まらないや」


「リサ!」「リサ!」「リサさん!」


 仲間三人が名前を呼ぶ中で、リサは光の槍で自らの胸を貫く。


 胸から入った光の槍が背中から飛び出し、リサは血を吐く。


 死に瀕したリサの心にあったのは、トモシビのことだった。絶対に、トモシビは救う。『星の悪魔』を消し去り、ガリアッツを消し去る。

 

 トモシビには二度と会えなくなるかもしれない。けれど、元気に生きる道だけは絶対に残したい。リサはそう思い――思いが霞んでいった。

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