第十章 親として

第十章 親として(1)圧倒的な力とは

 リサたちは襲撃艦ヨツバから下りる。


 ガリアッツなる惑星に到着したのだ。艦から下りるのは、リサを先頭に、ベルディグロウ、ザネリヤ、ノナの四人だ。


 足下は半透明の地面。その下に青空と高層ビルが広がっている。


 迎えに出てきたガリアッツの代表者も四人だった。リサが以前テレビ放送の電波ジャック映像で観たものでは、フラム、グオルー、メリヤ、ヴージンと言ったはずだ。


 順に、神の末裔、英雄の末裔、天使の末裔、古代魔王の末裔と自称していたと、リサは記憶している。


「ようこそお越しくださいました。……そこにお並びください」


 フラムがそう言った。よく見れば、ガリアッツの代表四人は横一列に並んでいる。それに合わせてこちらも横に並ぶ。


 すると両者の間にテーブルが出現し、椅子が出現した。


 慣れたもので、ガリアッツ側はスッと椅子に座っていく。だが、リサたちは戸惑う。なにせまだここは雲の上なのだ。


 ノナなどは椅子に座る都合、足下に透けて見える高層ビルに脚が震え、悲鳴を上げてしまう。


「ああ、失礼、失礼。われわれは景色など気分で変えるので気にしていなかった。これでどうかな」


 フラムがそう言うと、周辺の風景は赤いカーペットの敷かれた、骨董品めいた会議室の景色に切り替わった。


 リサには、場所が変わった気はしなかった。これはあくまでも、この場所から見える風景を操作しているだけだ。机や椅子は湧き出たものらしいが、先ほどまでこれらも半透明だったのに、いまは木製に見える。


 見た目が会議室だから、壁も突如出現した。だが、場所が変わっていないとすると、あれも実在するのかどうかは怪しい。


 フラムは言う。


「もし暑い寒いなどあればおっしゃって下さい。局所天候操作で調整しますので」


 やはりこれは元の外の場所だと、リサは確信した。


 室内のような効果が得られるのであれば、そこは事実室内である。それがガリアッツ流の考え方だというわけだ。そういう意味では、足下に透けていた高層ビル群も実在性が怪しい。


 艦から下りてすぐそこが会議室になるのなら、それは便利だ。ガリアッツは合理性の塊だ。


 フラムが話し始める。


「はるばるお越しいただき感謝いたします。私はガリアッツ代表のフラム。このアルブ地区の統括でもある。それから、こちらから順に、グオルー、メリヤ、ヴージン。いずれも尊い血統の末裔」


 それに対し、リサは紹介を返す。


「お呼びが掛かったのだから調べ上げてるんだと思うけど。わたしは逢川リサ、日本国防軍特任少将。それから、神官騎士のベルディグロウ。学者のザネリヤ。主計中佐のノナ」


 それから、ザネリヤが追加の自己紹介を行う。


「アタシはザネリヤ・エデシナ・ゾニ。元ガリアッツ人。ファゾス地区統括の放蕩娘さ。日本で放蕩生活をしていたら、こういう事態になった」


 そこで吠えたのはヴージンだ。


「元ガリアッツ人と言ったか! かの『星の悪魔』に食われ、アーケモス惑星世界に移されたファゾス地区代表の末裔が、誇りを捨てたか」


「別にガリアッツに誇りなどない。それよりも、会議の第一声で怒鳴るとは、作法も知らぬ蛮族かとアーケモス人に笑われるよ」


「チッ、ゾニ家は出自がアーケモス大帝の末裔だったな。それでまた偶然、『星の悪魔』によってアーケモスに戻ったようだが。またあの蛮地で大帝に返り咲く気か」


「痴れ者が。覇権は無意味というのは、ガリアッツの共通認識ではないのか」


 ザネリヤが古代アーケモスの大帝の末裔であること。それはリサは聞かされていたが、ベルディグロウやノナは知らない事実だ。現に、ふたりはやや動揺している。とくに、ノナは目に見えておろおろしている。


 そこで、フラムが諫めに入る。


「まあまあ、その話はそのくらいで。私たちが望むのは、惑星アーケモスと魔界ヨルドミスの無力化です。ようはみなさんの降伏ですよ。それを望んでいるのです」


 リサが核心を突く。


「降伏させてどうする気? 支配も統治も忘れたあなた方が、あの広大な星辰界――宇宙を手に入れてどうしようというんです?」


「いえ、われわれは少し脅かしただけです。本当の星辰の覇者とは、圧倒的な力とはこういうものだと」


「では、形ばかりの降伏であなたがたは軍を引き、破壊したすべてを修復してくださいますか?」


「ええ、お望みのままに」


「それでは引き続き、日本国防軍、アーケモス軍、ヨルドミス軍が星辰の覇者となることに異存はないと? なにもかも元通りだと?」


「もちろんないですとも。すべて元通りを保証しましょう。ただ、あなた方よりも遥かに強い文明があることを記憶していただければよいのです」


「よいでしょう。ただし、その言葉に偽りがあれば――」


「偽りなど。なぜわれわれが偽る必要があるのです?」


「もし、わたしからトモシビを奪うようであれば、決して許しません」


「――ッ!」


 フラムが回答に詰まった。リサの両目――緑色に輝くそれらが、彼の心臓をわしづかみにする。


「どうですか? フラムさん」


「トモシビ……? 誰のことでしょう」


「わたしが育てている子供。『泥の乙女』。わたしの娘ですよ。ガリアッツ代表フラム。知らないとは言わせません」


「さあ……、逢川特任少将の家族構成など、この会議に関係ありますまい」


「トモシビを奪わないと約束しなさい」


「だから、なんのことだか……」


「エグアリシア。その名を聞いても知らないと言えますか」


「それは……」


「あの子がエグアリシアの境地に至ることは、わたしは親として望んでいません。戦いなど無縁な平和な暮らしをしてほしいのです」


「なんの話かわかりませんが、子供の健やかな成長はガリアッツでも望まれることであり……」


 このままでは埒があかないと、リサは感じた。彼女は目を瞑り、息を深く吸う。そして、目を見開き、フラムに命じる。


「わが権能、『神の選択』を以て、新参の神の末裔にわたしが命じる。フラムよ、実を吐け。ガリアッツはトモシビをどうする気だ」


 その瞬間、フラムは頭を押さえ、机に倒れ込む。そして、勝手に口が動くのを、慌てて両手で喉を絞めることで、声にならないようにしている。


「ガッ――!」


「フラム!」「フラム殿!」「フラム様!」


 ガリアッツ代表の残りの三人が叫ぶ。だが、彼らにはフラムの助け方がわからない。


 リサは依然として穏やかに言う。


「この権能はエグアリシアの時代以降の神に強制的に命令できるもの。そして同時に、わたしの仲間を強化するもの。『神の選択』。フラム、もしあなたが喋らないのなら、天使の末裔メリヤに喋ってもらう」


 メリヤの表情に一瞬にして恐怖が走る。


 フラムはそこで、ようやく自分の首を締めている両手を離す。


「トモシビをさらい、あるいは殺すつもり……です」

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