第九章 発熱と目覚め(4)第一の優先事項

 リサとノナはタクシーに乗る。


 リサの膝の上にはトモシビを寝かせているが、高熱にうなされてばかりで、会話もまともにできない。


 憔悴しきったリサを支えようと、ノナはリサの腕を掴む。


「リサさん……」


「ありがとう、ノナ」


++++++++++ 


 三人が到着したのは、四ツ葉市内の富留田家だった。玄関のチャイムを鳴らすと、赤子を抱えた優子が出てくる。


「いらっしゃい、逢川さん。……って、トモシビちゃんが、こんな……」


 トモシビを抱えたリサが頭を下げる。


「すみません。急に押しつける格好になって。国防軍に預けるのは危険だし、鏡華のところも次に危ないところだと思ったので」


「えっと、どうしたらいいの? 氷嚢? 熱冷まし?」


「基本的にはそれでお願いします。でも、根本的には治せないです。ガリアッツをどうにかしない限り。だから、無茶を言いますが、あまり心を痛めず、守ってあげてください」


「そんな……」


「ああ、こちらの話ばかりですみません。ご出産、おめでとうございます。えっと、アカツキちゃん、何ヶ月くらいでしたっけ」


「生後八ヶ月。だいぶ動き回れるようになったわよ」


「ご出産後には、ベビーシャワーもできずに申し訳ないです」


「いいえ。逢川さん、結局ずっと戦闘続きだったでしょう? 妙見中将にはめられたことくらい想像はつくもの。ほら、上がって」


「はい、お邪魔します」


 優子に促されるまま、リサとノナは富留田家に上がり込む。



 トモシビは布団に寝かされるが、ずっと高熱で顔を真っ赤にしていて、苦しいのか唸っている。


 見ているだけでも、声を聞いているだけでも胸が張り裂けそうになる。


 優子はリサに訊く。


「また戦いに行くのよね? もう国防軍は壊滅。逢川さんを縛っていた組織はもう全部なくなったんです。なのに――」


「だからです。いま、誰も人々を守れない。いま、誰もトモシビを守れないんです。それに、ガリアッツはわたしを指名してきました」


「でも、無視して逃げることだって――」


「駄目なんです。トモシビがこんな状態になっているのは、ガリアッツがトモシビを怖れたから。だから、直に行って話をしなければなりません。親として」


「逢川さん……。勝てる気なの?」


 リサはうなずく。


「勝つことは、おそらく不可能ではないでしょう。ですが、悩んでしまうんです。それは、トモシビの穏やかな成長の妨げになりはしないかと」


「え――?」


「この宇宙のすべての陣営を崩壊させたガリアッツ。それをわたしが倒してしまったと仮定してください。トモシビはどうなりますか。ガリアッツを倒した怪物の子として扱われることになります」


「でも、勝てなかったら、この子はお母さんを失ってしまう」


「だから、武力衝突はできるだけしないように、外交努力でことを収めたい。わたしが交渉に当たった事実も、できるだけ秘匿したい」


「おそらく、妙見中将はその秘密を利用するでしょうね」


 リサは溜息をつく。


「……でしょうね。この期に及んで、日本人までも警戒しなければならないのは残念です。ですが、彼には前科がある。彼を利する結果もまた避けなければ、トモシビに危険が及びます」


 優子もまた、溜息をつく。それは、呆れたようでもあり、尊敬したようでもあった。


「本当、逢川さんはいいお母さんね」


「そうでしょうか」


「きっといまのあなたなら、ガリアッツを滅ぼすことも、怖れさせることもできる。それに、国防軍だって秋津洲財閥だって単独で倒せるのでしょう? でも、そうしない。それは、娘の居場所をつくるため」


「……そうですね。それが第一の優先事項ですから」


「トモシビちゃんのことは守るから。絶対に、無事で帰ってきてね」


「はい、ありがとうございます」


 リサが優子に哀しげに微笑んで見せたとき、リサは自分の膝になにかが当たるのを感じた。


 トモシビが身体を半分起こし、小さな手で、リサの膝を叩いたのだ。


「まま、とおくへいっちゃわないで」


 リサはトモシビを横たわらせ、布団を掛ける。


「トモシビは待ってて。ママ、世界を変えてくるから」


++++++++++


 星辰襲撃艦ヨツバ。


 国防軍府中宇宙港に置かれたその艦にリサとノナが乗り込んだとき、ほかのふたりの乗員はすでにそこにいた。


 ザネリヤとベルディグロウだ。


「準備は……整ったようだね、リサ」


 ザネリヤにそう言われ、リサはうなずく。


「うん。みんな、ありがとう。これからは危ない橋を渡ることになると思う。できれば交渉で片を付けたいところだけど……」


「どうだろうね。ガリアッツの連中、二万年の間に外交もすっかり忘れちまってるからねえ」


 そこで、ベルディグロウが誓いを立てるように言う。


「もしそうなら、私は戦おう。相手が誰であろうと、必ず勝利してみせる」


 ノナも負けじと、宣言する。


「わ、わたしも! この襲撃艦ヨツバの管制を全力支援します!」


 そんな仲間たちの意気込みを見て、リサは微笑む。


「本当、みんなありがとう。でも、戦闘はなるべく避けたい。すべてを灰塵かいじんに帰したって、トモシビの居場所がなくなっちゃ意味がない。だから、ね?」


 ザネリヤは気づいていた。リサの目論見には穴がある。対話は失敗する可能性が高い。だというのに、戦闘で勝つつもりが見えない。ならばどうする気なのか。


「リサ、アテはあるんでしょうね?」


「もし、対話が駄目だったら、『可能性の右腕』を使う」


 リサの回答を聞いて、ザネリヤは額を押さえる。だが、ノナにもベルディグロウにも解らない単語だった。ただ、ザネリヤにだけ伝わる。


 ザネリヤは深々と溜息をつく。


「あんたはどこまでもそう。自分ばっかりを引いて。……もう、言っても無駄か。アタシはとめないから、せいぜい、奈落に落ちないようにね」


「わかってる。ありがとう、ザン。じゃあ、襲撃艦ヨツバ、起動! 目標地点、惑星ガリアッツ」

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