第九章 発熱と目覚め(3)星辰の覇者

 ガリアッツの侵略が報道されたときにはすべてが遅かった。


 デレビの中のニュースキャスターでさえ困惑している。


『ただいま入りました情報に寄りますと、え? 日本国防軍壊滅? すでに――すでに大気圏外を押さえられている模様です。星辰同盟の諸惑星も陥落したとのこと。……原稿間違っていませんか? えー、敵の名はガリアッツ』


 それから、テレビ放送に対してジャミングが掛かる。ニュースキャスターの映像の代わりにガリアッツからのメッセージ映像が流れ始める。


 眉目秀麗な、おとぎ話のエルフのような男の姿だ。


『はじめまして。星辰同盟諸君。私はガリアッツ惑星世界アルブ地区統括にして代表のフラム。十万年前の神の末裔である。わがガリアッツは二万年前まで星辰の覇者だった。だが、諸君ら後進に道を譲っていたのだ。だが、この頃の諸君の蛮行は目に余る。よって、星辰の覇者のなんたるかを教えに来た』


 次に、ぎらついた目の、勇猛そうな男が映る。


『俺はガリアッツ惑星世界ベーソス地区統括、グオルー。三万年前のオルガルム惑星世界大陸平定の英雄の末裔だ。わがガリアッツの星辰艦の機動力、打撃力は諸君らのものを二万年分は上回っている。抵抗など考えないことを祈っておこう』


 その次に映し出されたのは、後頭部に光輪を負った女性だ。


『わたしはガリアッツ惑星世界アルジル地区統括、メリヤ。二十万年前の天使の末裔。星辰同盟が支配下に置いた銀河連合側もわれわれで掌握済み。星辰同盟はいかなる反撃も不可能と知るように』


 その次は細身だが芯の強さを感じさせる男が映る。


『我はガリアッツ惑星世界イムハ地区統括、ヴージン。十五万年前の古代魔王の末裔である。愚かにも逆らった星辰同盟諸惑星世界はすでに焼き払った。話にもならん。あまり我を苛立たせるな』


 その次、その次と、代わる代わるガリアッツ惑星世界の諸地区代表があいさつをしながら威嚇していく。


 リサの左手の星芒具も次々に情報を更新していく。地球、陥落。火星、陥落。オラド=カドリ、陥落。カディン、陥落。ヴェーラ、交戦中。ヨルドミス、交戦中。アーケモス、封鎖状態……。


++++++++++


 ザネリヤは、リサのマンションの前で煙草をふかす。


「ここまでか。こうなると、星辰同盟と銀河連合の戦争というのが平和の象徴にさえ見える」


 リサはやるせなさにうつむいている。


「……莫迦みたいな話。それだって、多くの無辜むこの人々が亡くなった。敗者側の国の人々は人生を奪われた。悲しみだらけだった。なのに、ガリアッツの侵略は、もう――」


「ガリアッツのやっていることは蹂躙さ。あれは支配や統治とは無関係。連中は、二万年前に星辰の覇者という称号の無意味さを知って、現世に飽きていた。それが目を覚ますと、突然この暴挙だ」


「ガリアッツもガリアッツで、戦争の仕方を忘れたってこと?」


「ああ、それがしっくり来る。連中、二万年も戦ってなかったものだから。戦争のお題目を忘れている。領土獲得、資源獲得、思想・宗教的大義、安全保障……。いくらでも理由はつけられる。なのに連中は宣戦布告すら忘れた」


「むちゃくちゃだ」


 ザネリヤは紫煙を吹く。


「ああ、むちゃくちゃさ。それでも連中が大人しかったのは、神界レイエルスには一目置いていたからだ。星辰同盟の支配者であるディンスロヴァには苦戦するだろうという予想。だが――」


「神界レイエルスは、わたしたちが滅ぼしてしまった……」


「そう。ガリアッツは神界なぞ、こけおどしだという理解をした。だから、正面切って、堂々と星辰同盟に手出しをしてくるようになった。あの自慢げな自己紹介を見たかい? あれだって、『哲人委員会』がいれば遠慮しただろうさ」


 『哲人委員会』――ヴェーラ惑星世界に存在した、天使の声を聞く七氏族。この集団は、天使を介して神の声を聞くことで、星辰同盟を支配していた。たしかに彼らならば、ガリアッツの代表たちにも負けず劣らずだっただろう。


 だが、彼らはもういない。リサたちが神界レイエルスを滅ぼしたときに、死んだか投獄されたかのどちらかなのだから。


「……そうかもね」


「いま、ガリアッツを動かしているのは恐怖だ。不安だ。連中は強者を装っているが、トモシビを怖れている」


「滑稽だね。星辰の覇者が、五歳の女の子を怖れて軍艦を出しているなんて」


「人間なんてそんなものさ。肩書きや称号で己を飾ろうとするものほど、不安に弱い。本質はどこへ行っても変わらない」


「人間、かあ……」


「うん?」


「思えば、わたしはんだなって。人間の人間たるゆえん、その欠点。それに立ち向かってきたんだって」


 ザネリヤはそれを聞いて、また煙草の煙を吐く。


「……リサ。ガリアッツが直々に、あんたを呼んでる。ここは引き下がれない。アタシも行くからね」


++++++++++


 トモシビはやがて、数時間おきにしか目を覚まさなくなり、ついに、一日おきに数時間起きるだけになった。


 もはや一刻の猶予もない。


 カツ、カツ、カツ、カツ――。


 一刻の――


 カツ、カツ、カツ、カツ――。


 猶予も――。


「うるさい!」


 リサは怒鳴った。トモシビの看病に来ていたノナはビクッとするが、リサが心労でおかしくなったのだと思った。だが、様子は少し違う。


 リサはつぶやく。


「ガリアッツが『アクジキ』のつくったものなら、『その方法』が一番いいのはわかってる。わかってるんだよ……」


++++++++++

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