第九章 発熱と目覚め
第九章 発熱と目覚め(1)新しい時代の幕開け
ヴェーラ星系の降伏まで、わずか半年だった。
いや、結論から言えば、半年保っただけよく耐えたという称賛もありえるのかもしれない。
戦場はリサの独擅場。星辰襲撃艦ヨツバの運用は、ザネリヤのアドバイス通りだった。『巨大な星芒具だと思え』――その通りだったのだ。
リサは地上で光の槍と光の弓矢を使用するかのように、襲撃艦を駆った。主砲・貫通型彗星砲と動力伝達系はリサの意識下にある。敵の攻撃をかわしつつ、懐に入って彗星砲を撃ったまま回転する。
その一回で、いったい何隻の艦が沈んだだろう。
レーダーサイトに補足する前に『遠見』で敵を射撃する。敵の攻撃は『未来視』で回避する。回避しきれないものは『神護の盾』を展開して防ぐ。
副砲手であるベルディグロウには『神の選択』を掛け、空冥力を倍加させる。リサが休んでいる間でさえ、敵艦を沈め続ける。
そもそも艦の推進、加速すらリサの空冥力を使用している。空冥力ジェネレーターなど全くの不要。
敵旗艦で巨大なものに対しては、主砲前に巨大な光の弓を出現させて撃った。一撃で木っ端微塵だ。
核ミサイルなどを撃つための日本人砲手もいたが、まるで出番がない。ときどき撃っては当たる程度だが、誰も、艦長のリサによる撃破数には遠く及ばない。
主計担当のノナと、支援人工知能のマヤがベルディグロウに続いて役立っているような状況だ。こと戦闘に関してはリサの単独行動だ。
星辰襲撃艦ヨツバは旗艦アキツシマに随伴する艦ではなかった。むしろ先行し、ほかの艦に必死に追いすがらせた。
それもそのはず、もはや現在のリサは神がかっている。神そのものと噂する者まであった。
その『神』の唯一の人間らしいひとときは、娘のトモシビと遊ぶとき。そして、仲間に対して人なつっこい笑顔を見せるときだった。
十人ほどのクルーたちは、この、人間離れして恐ろしく、同時に少女のように愛らしい表情をする艦長に心を奪われ、そして――終戦を迎えた。
襲撃艦ヨツバおよび旗艦アキツシマ、旗艦ブランヴォルタ、そして旗艦ファードラル・デルンがヴェーラ星系を包囲したのだ。
++++++++++
日本に帰って来たリサは、麹町の自宅、マンションの一室でテレビ番組を流している。だが、特に観てはいない。観ているのはトモシビだけだ。
流れているのはニュース番組だ。決して、トモシビが観たい幼児向け番組ではないだろう。だが、彼女はチャンネルを変えずに流し続けている。
『このようにして、ヴェーラ星系は星辰同盟での地位を下げました。新しい星辰同盟幹部には、日本人、アーケモス人、そしてヨルドミス人が多数入り込む模様です』
リサは窓を開けて、外からの風を浴びていた。肌寒い。だが、部屋の中は暖かいので、空気の入れ換えにはちょうどいい。
政治の主体が誰になろうと、リサにとっては興味のないことだった。リサはただ、トモシビと穏やかに生き、彼女の成長を見守ることを楽しみにしているだけなのだ。
トモシビはそのうちに小学校に上がるだろう。中学校へも行くだろう。高校へも行くだろう。ランドセルは何色がいいだろう。制服姿を見るのがいまから楽しみだ。大学へは行くのだろうか。もしかすると、音楽家やダンサーになりたいと言うかもしれない。
どんな生き方を選んでいくのだろうか。
本当に、それを楽しみにしているのだ。望んでいるのは覇権ではなく、平穏な暮らしだ。
なのになぜ、国防軍として自ら戦争を仕掛けに行く必要があったのだろう。
テレビの中の澄河御影が言う。
『ヴェーラ星系は危険な存在でした。彼らが古い体制を固持し、「天上」なるエリート世界で既得権益を守り続ける限り、われわれ日本は自由ではなかったのです。あの勝利の日は、まさに日本解放の日と言えるでしょう』
リサは無我夢中で戦ったが、結局は、宇宙にしかばねの山を築いただけだ。『哲人委員会』なきあとのヴェーラ惑星世界は、比較的大人しくなっていた。あそこまで完膚なきまでに、ヴェーラ星辰軍を破壊する必要があったのだろうか。
テレビの中の声が変わる。鏡華の声だ。
『これにより、日本は宇宙開発の権利を得たのです。わが秋津洲重工は旧・銀河連合の技術を取得し、日本の宇宙進出を支えます。宇宙用戦艦の実績は実証済みですが、これからは宇宙開拓の時代です』
リサは振り返ってテレビを観る。画面の中の鏡華は疲れ果てた顔をしている。少なくとも、友達であるリサにはわかる。しかし、鏡華はメディア向けに笑顔を振りまいている。そういうことができる――いや、できてしまうのだ、鏡華は。
カツ、カツ、カツ、カツ――。
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「これからは、新しい時代が来る。日本がこの宇宙で自由に羽ばたく世界だ。日本が全宇宙を導く時代だ。そのためには、逢川特任少将、きみが必要だ」
澄河家の麻布本邸に呼ばれたリサは、机越しに、澄河御影にそう言われたのだ。
帰国したばかりで軍服を着たままだったリサは、両手を後ろに合わせて、軍隊式の起立をしていた。
「逢川君、きみはわが国を裏切らない。そうだろう? きみの友人たる、わが妹もこの国にいるのだからね」
リサは何も答えない。
その話を、いまや名目上リサの部下となっている、ベルディグロウとノナが聞いていた。
カツ、カツ、カツ、カツ――。
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