第八章 新造艦ヨツバ(4)巨大星芒具としての艦

 リサは艦橋を歩き、艦長席のところまで行くと、ベルディグロウとノナに言う。


「じゃあ、そろそろ、今後の話をしようか」


 すると、ノナがトタタと小走りでオペレーター席のほうへと下りていく。


「まず、見て下さい。艦管制支援は銀河連合のものを採用しています。マヤ、自己紹介できる?」


 ノナがそう言うと、正面の巨大なモニターに女性の姿が表示される。胸から上だけだ。


『はい。ワタシは艦管制支援システム、型式M4-Y4、通称名マヤです。よろしくお願いいたします。逢川リサ特任少将』 


 リサには人間としか思えない。いや、だが、本人はシステムと名乗っている。訝ったリサは質問する。


「えっと、マヤ。あなたは人間?」


『いいえ。人工知能です。この姿も、声も、艦に合わせて自動生成されたものです。お気に召しませんでしたでしょうか』


「いや、とんでもない。人間と話しているようだったのでびっくりした」


『そうでしたか。こちらは、銀河連合開発の技術になりますので、初めてご覧になったかもしれません』


 こういうものを見ると、三五〇〇年代の地球がどれほどの科学力を持っていたのか、リサには想像もつかない。ただ、とにかく二〇〇六年の日本とは比べものにならないほど進んでいたのだろうということだけがわかる。


 そして、それを打ち破り、最後はほとんど一方的に攻撃して終わったという星辰同盟の強さを再認識する。星辰同盟では人工知能の代わりに妖精型空冥術支援ユニットを使用していたが、あれに似たようなものなのだろうなと、リサは理解した。


 続けて、ノナが説明する。


「本艦、星辰襲撃艦ヨツバは、旗艦アキツシマと同行する形で侵攻します。日本には戦艦ラクジョウやハリマなど、ほかにも大型艦がありますので、それらを進撃中に分けて使用することも考えられています。しかし、ヨツバはもっぱら主力艦隊に随伴する形をとります」


「なるほど。国防軍も襲撃艦ヨツバを――わたしたちを、主力として使うつもりなんだね」


「はい。一方、アーケモス軍からは旗艦ファードラル・デルンが、魔界ヨルドミス軍からは旗艦ブランヴォルタが出撃します。星辰同盟のあらゆる方向に敵がいますからね。三方向に進むことで陣地取りをします」


「たしかに、一方向に進むだけだと、補給ルートを断たれれば終わる。線ではなく、面で取っていくわけか」


「そうです。ですが、次元跳躍という技術の特性上、撃破済み地域に突然相手の艦隊が出現することは避けられません。よって、撃破済み地域にはある程度の戦力を残しながら進みます」


「つまり、ヴェーラ星系にたどり着くころには、仮に全戦全勝でも、味方はずいぶん減っているということか」


「おっしゃる通りです、リサ艦長!」


 ノナは心なしか楽しそうだ。彼女はなんだかんだでアーケモス軍に所属してから数年経っており、宇宙での戦闘も経験ずみで、慣れっこなのだ。なんなら、宣戦布告前にはヴェーラ惑星世界『天上』エリアに家を持っていたくらいだ。


「説明ご苦労さま、ノナ主計中佐。……ところで、ヴェーラ星辰軍に残ったはずのフィズのことはわかる?」


 リサにそう問われ、ノナは困ったような顔をする。


「それがですね。情報が曖昧なんです。軍籍情報からも消えています。フィズナーさんも、恋人のラルディリース公爵もです。所属艦の征圧艦パラジランも使用予定なし。もひとつの乗艦である遊撃艦アビエルに至ってはロスト」


「ロスト……。心配だね。いまは敵とはいえ、あのふたりはわたしの仲間だ。でも、この戦いでわたしが手を掛けてしまう心配はなくなるか……」


「はい。おそらくは。ふたりはヴェーラ星辰軍を離れたものと思います」


 リサは息を深く吸い、吐いた。深呼吸だ。気分を入れ替える必要がある。


「さて、この艦の兵装からして、砲手はおおよそ空冥術士。主砲の貫通型彗星砲の扱いは艦長席に直接接続……。やっぱりわたしか」


「そうですね。結局、リサさんのご希望の急襲艦は入手できなかったとあります。これは、星辰界でリサさんの空冥術をいかんなく活用するための乗り物と考えるのが適切なようです」


 ノナがそんなふうに説明していると、聞き覚えのある声が背後からする。



「そうそう。これはリサ専用の星辰界仕様。彗星砲からいつもの光の槍や弓矢を放つと思えばいいのさ。主役はあんただよ、リサ」


 艦橋まで出てきたのはザネリヤだった。リサは振り返り、彼女を歓迎する。


ようこそウェルカム・アボード、ザン。来てたの?」


「もちろんさ。日本版星辰戦闘艦の設計にもずいぶん手を入れたよ。まったく。自分の世話焼きぶりに、うんざりするよ」


「でも助かった。ザンの手が入っているなら、国防軍の宇宙戦闘艦群は銀河連合のものを改良したも同然。もっと強いってわけだね」


「……はあ。やっちゃいけないのはわかってるんだけどね。ズルだしさ、それ。でも、リサが出撃するとなると、他人事にはできなくて。雑魚みたいな艦隊を用意するわけに行かないし」


 ザネリヤは困ったような声をあげながら、艦橋一番上の廊下の手摺りにもたれていた。


「ありがとう、ザン」


「礼は受け取っとくよ。でもこれ、ほぼ脅迫よ?」


「脅迫?」


「『銀河連合の戦闘艦の大幅改良は可能か?』『ところで逢川リサも出撃するのだが』……って、澄河御影がアタシに言ってきたのよ。あの男、本当嫌い。アタシがそれで拒否できないの解ってて言ってんのよ」


「あー……」


 リサにも容易に想像できてしまった。彼はそういう人間だ。まず相手を拒否できない状況に追い込んでから、交渉を開始するタイプだ。


 ザネリヤは煙草を取り出し、口にくわえた。だが、ここが襲撃艦ヨツバ内であることを思い出し、胸ポケットに仕舞い直す。


「は、それにしても、『日本・アーケモス合同軍』って名前、笑えるじゃない。ねえ?」


「うん? なんか変だっけ?」


「アーケモス大陸は統一されたかもしれないけどさ。もうひとつ残ってるじゃない。国が」


「あー。ファゾス共和国?」


「そうそう。同じ『星の悪魔』に食われて、アーケモス惑星世界の国になった仲間同士じゃないの。ファゾス無視してアーケモス軍とは腹立つわ」


「いやー、でも、ファゾス共和国は鎖国してるし」


「そうなんだけどね。だって、ファゾスが前に出たらおかしなことになるし……」


「うん? おかしなこと?」


「……なんでもない。そうそう。星辰界で戦闘するなら、『星の悪魔』――日本語では『アクジキ』だっけ? 近づくだけでも気をつけなさいよ。あれは、星を食ってツギハギをつくる、悪趣味なコレクターなんだから」


 ザネリヤの忠告に、リサは苦笑いする。


「わかってるよ。わたしもノナも、もう宇宙戦闘の経験はそれなりにあるんだし……」



 カツ、カツ、カツ、カツ――。 


 『やつ』の心音がする。『やつ』の足音がする。


 リサは笑ったまま、その音をやり過ごしす。それにしても、『やつ』はこのごろその存在を主張しすぎではないか。何か用でもあるのだろうか。


 だが、やはり、リサはそんな用など受けたくはない。だから、『やつ』がそばにいると感じても、とにかく無視を決め込んだ。


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