第八章 新造艦ヨツバ(3)ヨツバへようこそ!

 アーケモス星辰軍要塞でのトップ会議が終わると、リサはトモシビを連れて星辰軍港の方へと歩く。


 星辰戦闘艦であふれるこの場所に、リサが求めていた自分の艦があるのだ。


 星芒具を起動し、そのガイドに従って歩く。


 星辰襲撃艦ヨツバ――それがリサの新しい艦だった。


++++++++++


「ヨツバへようこそ!」


 ハッチをくぐった瞬間に元気よく出迎えてくれたのは、ノナだった。


「ずいぶん待たせちゃったね。要塞での話が延びちゃって」


 リサは申し訳なげにそう言ったが、ノナのほうはニッコリ笑っている。


「いえいえ。そんなものそんなもの。リサさんと同じ艦に乗れる喜びに比べたら~」


 話しながら艦橋へ出ると、小型ながら、一通りの装備が揃っているようだとわかった。基本は空冥力ジェネレーターでの推進だが、銀河連合式のコンピューターも搭載している。おそらくこれは日本国防軍宇宙軍と規格を統一するためだろう。


 艦橋にはもうひとり見知った顔がいた。ベルディグロウだ。リサは彼にもあいさつをする。


「グロウ、ひさしぶり。無理言って、ふたりをアーケモス軍から引き抜いちゃったよ」


「私は構わない。しがない神官騎士だ。もとより、神界に攻め入った破戒僧だが。あなたと共に戦う日が来ないことを祈りながら、待っていた」


「ありがとう、グロウ。やっぱり優しいね」


 リサがそんなことを言っている間に、トモシビがリサの袖を引っ張る。見てみると、トモシビは目をこすっている。


「まま、つかれた。ねむい」


「そっか。じゃあ少し寝ようね。ノナ、個室エリアは?」


 リサはそう言いながら、すでにさっとトモシビを抱き上げている。


「あ、廊下の途中で左に折れてください。そこが艦長私室ですから」


「わかった。ふたりともちょっと待ってて」



 トモシビを寝かしつけて、リサは再び艦橋へと戻って来る。


「ごめんね。話の腰を折っちゃった」


 ノナは微笑む。


「いえ、いいんです。この艦は託児室搭載。リサさんの要望通りだと聞いています。出港時には、託児専任の事務官も乗艦する予定です」


「それがわたしの復帰の条件だったからね」


「だが、リサ、あの子供は……?」


 ベルディグロウの真剣な表情に、リサは乾いた笑いを見せる。


「ああ、あの子の名前はトモシビ。わたしの血を引く、わたしの子。でも見ての通り……ね? 年齢が合わない。それはわかるでしょ?」


「あ、ああ……」


「神官騎士のグロウがいるし、人には言ってないことを話すよ。わたしはアーケモスの月『デア』に行ってきた」


「『デア』に……」


「『デア』には神殿がある。そこには、わたしでないと入れない。神殿には、神話上最強のディンスロヴァ、ヴェイルーガが安置され、祀られていた」


「ヴェイルーガ=ディンスロヴァの神殿が、月に?」


「話を大幅に端折るけど。ヴェイルーガはディンスロヴァじゃない。ヴェイルーガは最強の防御を誇り、妹のミオヴォーナが最強の攻撃を誇った。神々はその両方の力を継承した存在をつくり出した」


「伝え聞く話とはまるで異なる。女神ミオヴォーナはヴェイルーガ神の力を高めるための補助的な役割だったと……」


「ミオヴォーナすら神話に残っている話は少ない。だけど、ふたりの力を掛け合わせた神の存在は神話から完全に抹消されてる。それが、女神エグアリシア=ディンスロヴァ。彼女の功績が、ヴェイルーガのものとして残った」


「神話はそこまで大きく歪められていたのか……」


「エグアリシアは先代ディンスロヴァをたおすためにつくられた。そして、目論見通り、先代ディンスロヴァを斃した。けれども、反旗をひるがえした。そして、自らをヴェイルーガと偽称した」


「そのようなことが……」


「わたしは『神の二重存在』と呼ばれていたよね? それではっきりしたよ。わたしはミオヴォーナだった。あらゆる神々をエグアリシアに滅ぼされた。だから、ひとりでエグアリシアを斃そうとした」


「勝てた、のだろうか?」


「まさか。ミオヴォーナはエグアリシアに敗れた。それでおしまい」


「いったい、エグアリシア=ディンスロヴァはどうして裏切りを?」


 ベルディグロウに問われ、リサは目を伏せる。


「すごく簡単なことだったんだ。誰もが彼女を怖れた。それゆえに、同じ感情をもつ仲間だと認識できなかった。だから、冷たくされて、寂しかったんだよ、エグアリシアは」


 重苦しい雰囲気になる。


 リサは再度認識する。エグアリシアはどこまでも、リサに似ている。利用価値の高さゆえに、利用価値でしか語られない。いや、リサにはわずかだが感情を解ってくれる仲間がいる。その差が、果てしなく大きな違いだ。


「では、リサは――」


「はっきりと言えるのは、旧いディンスロヴァの妹でも妻でもなかったってこと。ごめんね、グロウ。わたしは期待するような宗教的シンボルじゃなかった」


 だが、『現在』はどうなのだろう。神界レイエルスでディンスロヴァを斃したのはラミザだ。そのラミザは、リサの胸の中で死んだ。それはディンスロヴァを倒したうちに入るのだろうか。

 

 ディンスロヴァとしての立ち位置は、現在、誰が継承しているのだろう?


 ベルディグロウはリサに対して、強く宣言する。


「いや。私はもはや、逢川リサという存在のために剣を振るう。ディンスロヴァ云々というのは、関係のないことだ」


「そっか、ありがとう……」

 

 リサは心がじんわりする。ここにもわたしの味方がいる。嬉しい。


 みなが黙ってしまったので、空気を読んだノナが口を開く。


「えっと、アーケモスの月『デア』ではそんなことがわかったんですね。それで、トモシビちゃんは……?」


 リサは自分がうつむいていたことに気づき、顔を上げる。


「うん。アーケモスの月の神殿で出会った。ここも端折るけど、わたしの血が流れている子。正真正銘、わたしの子」


「それって、どういう――」


「しー。これ以上は、内緒」

 

 リサは指を立てて唇に当てた。


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