第八章 新造艦ヨツバ(2)王者の血統

 魔王アルボラは言う。


此度こたびの軍船だが、わが魔界はほかの惑星世界と取引があるので、多数買い付け、アーケモスに横流しした」


 リサはそこで合点がいく。運用能力はともかくとして、どう考えても、オーリア帝国に星辰戦闘艦の製造能力はないからだ。


「なるほど、そういうルートを使っていたんですね」


「だがまだ足りぬ。その点、秋津洲あきつしまはすごい。銀河連合式の軍船を瞬く間に多数製造した。よくもまあこんな力を隠し持っていたものだと感心するよ」


 リサは心の中で思う。その仕事には、鏡華も関わっていたはずだ。だが、過重労働が祟って精神病で倒れている。日本の軍事力が強大だとしたら、彼女の犠牲の上にそれは成り立っているのだ。


 リサはそんななかでも、アーケモス大陸と魔界ヨルドミスがこれほどまでに協調関係にあることに感心する。そして、大切なことを思い出す。


「魔界ヨルドミスとアーケモス大陸はここまで協力していたんですね。そうか。おふたりは、あのラミザのお兄さんとお姉さんでしたね……」


 これもリサがヴェーラにいたときに、フィズナーたちから聞いたことだ。


「ああ。わが母、先代魔王サリイェンはラミザの母でもある。そして先代のオーリア帝国皇帝はラミザの父だ。私とクシェルメートの間には血のつながりはないが、確かな繋がりがある。それが――」


「ラミザだというわけですね」


 次は皇帝クシェルメートがリサに話す。


「われわれふたりにとって、ラミザは特別な存在だ。そして、リサ殿も様々な意味で特別だ。『神の二重存在』――それも特別な事実だろう。だがそれ以上に、あのラミザが大切にしていた友人なのだからな」


 そう言われると、リサは照れる。魔界の女王とアーケモス大帝代理からこれほどまでに特別視されるとは。


 ふと、リサは皇帝クシェルメートに言わなければならないことを思いだした。ずっと約束したままで回答を延ばし続けていたことだ。


「あの、クシェルメート陛下。以前、婚約という話がありましたが、あれはなかったことにはできませんか? 都合あって娘もいますし……それにもう、ふさわしくないでしょうし……」


 もっと食い下がられるかと思ったが、皇帝クシェルメートの回答は明るいものだった。


「あれのことか。あれは、ラミザが大帝になったときに真っ先に取り消されたものだ。それに、余にはもうエドセナという妃がいる。先ほども言っただろう、余には子がいると」


「あ……。それはそうでした」


 エドセナ。リサはその名に心当たりがあった。エドセナ・グム=ファーリアンダ、侯爵令嬢だ。ずっとクシェルメートのことを想いつづけてきたあの人が妃になれたのか。そう思うと、リサは嬉しくなった。


「それともなんだ? リサ殿のお子ともども引き取り、皇位継承権を与えるのであれば、了解してくれたのだろうか?」


「い、いえ。それは、了解いたしません。ぜひ、奥様を大事になさってください」


「はは、心配は要らぬよ。余も政治の関係ない結婚をしてみて、これの良さを実感しているところだ。リサ殿のことは個人的にも気に入っていたゆえ残念だが、まあ、致し方あるまい。これはこれで、余にとってよいことだ」


「はあ、光栄です……」


 気にしていたのは自分ばかりかと、リサは思う。ラミザが婚約を破棄していたなら、教えてくれてもよかったのにと思った。だが、ラミザがリサを救出し神界で果てるまで、そんな余裕などなかったことを思い出す。


 アルボラがリサに問う。


「では、そのお子さんの父親は……?」


 リサは首を横に振る。


「この子に父親はいません。本当に存在しないんです。ですが、私の子です。事情は複雑ですが……。おそらく、詳細を語れば、オーリア皇統も魔界も欲しがる存在だと思います。わたしよりも上の存在ですので。けれど、わたしはこの子を普通に育てたいんです」


 皇帝クシェルメートと魔王アルボラは顔を見合わせる。


 『旧き女神の二重存在』よりも上の存在といえば、彼らにはひとつくらいしか思い当たるところはないだろう。それはきっと、喉から手が出るほど欲しいはずだ。


 だが、皇帝クシェルメートは言う。


「まあ、なんだ。われわれはリサ殿のファンということで一致している。そのリサ殿の頼みであれば、無碍むげにはせぬよ。その子のことは守りこそすれ、独占しようとはせん」


 魔王アルボラも同意する。


「その通りだ。過去の遺物を奪い合おうとしていたのは、われわれの失敗だ。われわれこそが未来から見た過去。であれば、魔王アルボラが英傑・逢川リサと肩を並べて戦ったという誉れ高い伝説を語り継がせたいものだ」


 リサは頭を下げる。


「ありがとうございます……」


「礼を言うのはこちらだ。私たちは生まれついての王の血筋。だが、リサは普通人ながら、私たちよりも大きな期待を背負っている。これでは血統に申し訳が立たないというもの。私たちにもしっかりと、民の期待を背負わせてほしい」


「ありがとうございます……」


 リサは座ったまま、身を伏せて泣き出した。


 横に座っていたトモシビが驚き、リサの背を撫でる。同じように、アルボラもリサの背を撫でる。


 皇帝クシェルメートは溜息をつく。


「酷なことよ。このような若い者に、重責を負わせるとは」


 それを聞いた魔王アルボラが鼻で笑う。


御身おんみは齢二十で皇帝になったと聞くが?」


「それは自分で準備が済んだと判断したからのこと。十九で大帝になったラミザに比べればまだ小粒よ」


「……なかなか、人を笑わせる才能があるな、クシェルメートよ」


「その方面は稽古したことはないが。星辰同盟を倒したら、一度道化師にでもなってみるのも一興か」


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