第六章 腐ったリンゴ(4)その輝きについて来る
戦闘後数日間、敵襲はなかった。
だが、星辰同盟の戦闘艦を三隻も沈めたのだ。次に現れるときは本気で掛かってくることだろう。
リサにはやはり、日本がアーケモス大陸や魔界ヨルドミスとともに星辰同盟に宣戦布告したのは悪手だとしか思えない。正面切って戦える相手ではないからだ。
ある日、リサは艦橋の艦長席に呼ばれた。艦長の海老埜少将が直々に話がしたいとのことだった。
海老埜少将はリサに言う。
「私は彗星砲の威力を過小評価していた。空冥術が、あれほどの威力があるものだとはな」
リサは首を横に振る。
「いえ、自慢に聞こえては申し訳ないですが、彗星砲を空冥力ジェネレーターなしであの威力で撃てる人間は、数えるほどしかいません」
「しかもきみは、敵艦の砲撃を単身で受けきった」
「あの防御展開ができるのは、わたしだけです。あれはさすがにちょっと、特殊な経緯で手に入れた技です」
「なるほどな。妙見中将が特別視するのもわかる」
「ですが、安定的に、誰が使用しても一定の成果が出るのは科学技術のいい点です。空冥術は個人差も大きければ、その個人が疲弊すると威力も落ちます。信頼性に欠ける技術です」
「……なるほど。きみは、空冥術軍兼任ながら、宇宙軍の優位性を語ってくれているわけか」
「はい。日本人全部を空冥術士にするのは、無理があります。旧・銀河連合から科学力を吸い上げるほうが得策です」
「わかった。だが、きみを手放すのは惜しい。この任務が終われば自分の艦を持つと聞いた。しかし、それは困る。この戦闘艦ラクジョウの主砲を彗星砲に取り替えて――」
「少将閣下、核融合炉とアナイレーションビームキャノンは、いまの日本には過ぎたる武器です。運用ひとつで覇権が取れるしろものです」
「しかし、逢川君。わかるだろう。宇宙軍と空冥術軍、どちらがきみを得るかで、主導権が変わるんだ。私と手を組もう。そうすれば、われわれはすぐに軍部大臣にだってなれる――」
「少将閣下!」
リサが大声で言う。目を覚まさせるように。
「な、なんだね」
「そもそもこの戦争は、星辰同盟内の内戦ではないですか。なぜ内部で戦っているのです? それに加えて、日本国内でも政争をするおつもりですか。いったい、内部対立を何重構造にする気ですか?」
「きみはまだ若いから解らんかもしれんが、組織とは常に寝首の掻き合いなのだよ。上に行くほどそうだ」
「いいえ。組織とは、個人でなしえないことを実現するためのものです。それが人間が組織化した理由ではないですか」
「……若いな」
「歳は関係ありません。わたしはただ、空冥術軍にしか身を置けないだけです。組織化された宇宙軍を尊敬しています。個人の力をアテになさっては、全体の士気が下がります」
「理想論はいいが。現実を見たまえ。トップ同士での争いを……」
「現実は泥船です。相手は強大なヴェーラ星辰軍です。なぜ、沈みゆく泥船で特等席争いなどできるのですか」
リサの物言いに、海老埜少将は言い返す言葉を持たなかった。
++++++++++
二週間にわたるミッションが終わり、リサとトモシビは地上に帰還した。
戦闘艦三隻との同時戦闘以降、大した敵が来なかったのが幸いした。だが、リサは考える。相手は気づいたのではないかと。
あれだけ強力な彗星砲射撃を行えるのが誰なのかを。
そうであれば、次に大規模な戦闘になるときには、相当の戦力で襲いかかってくるはずだ。
リサはそのことを妙見中将に報告しようかと思ったが、やめた。リサが考える程度のことであれば、すでに澄河御影が気づき、対応を開始しているはずだからだ。
空冥術軍庁舎を歩いていると、リサは見知った顔に出会った。
ザネリヤだ。ザネリヤ・エデシナ・ゾニ。空冥術研究所に勤めているファゾス共和国人であり、リサの高校時代からの友人だ。変わらぬ低身長に黄色の長い髪が特徴的だ。
「ザン」
「ああ、誰かと思えば、リサじゃないか。雰囲気変わったね」
ふたりはトモシビを交えて、空冥術軍内のカフェスペースで短い会話をする。
「なるほどね。魔界大戦後にそんなことが……」
「端折った部分もいくつかあるけど、戦績はそんな感じ。日本に帰ってゆっくりしようと思った矢先に宣戦布告でしょう? 軍にもつけ回されて結局復帰」
「災難だね、それは。あんたが無事で――いや無事じゃないのかもしれないけど、一応五体満足で、アタシは嬉しいよ」
「ありがとう、ザン。ところで、世界を変えるのって、個人だと思う? 組織だと思う?」
「変な質問をするね。それをこのアタシに訊く? ……ああ、そうか。宇宙軍のミッションにいたんだっけ。心中お察しするよ」
「で、どっち?」
「むろん、個人だね」
それはリサにとって、意外な答えだった。自身が啖呵を切ったように、彼女は組織を人間にとって不可欠のものとみなしていたからだ。
「それは、どうして?」
「逆に訊くけど、指導者ってなんだと思う?」
「考えたこともなかったな。権力があるってこと?」
「いいや。ついて来る人がいるってことさ」
「ついて来る人……」
「そう。いくら指導者がいいことを言っても、ついて来る人がゼロなら意味がない。組織だと階級なんてノイズがあるからわかりにくいけど、細かく見ていけば、ついて行く人が多い人、少ない人ってのが見えてくる」
「……たしかに」
「もちろん、肩書きがあるからついて行くって人も多いさ。だけど、肩書きと能力が釣り合ってなかったら、早晩、誰もが逃げる。将軍の言うことを聞いているフリして、現場の中尉の指示を聞いていたりする」
「あー。経験ある」
「こういう場合、真の指導者は中尉だ。だから話を戻すと、組織は個人だ。個人の光に吸い寄せられた凡俗の集まり。それが組織だ」
「組織は個人……か」
「組織はもろい。指導者について行くのはある種の幻想だ。幻想が生きている限り、人はついて行くが、幻想が崩れるとみんな逃げ出す」
「そうなんだ……。でも、たしかに、戦場を駆け巡ってみて、そうだったと思う。絶対勝てるという幻想、天使の恩寵があるという幻想……。いろいろあったけど。わたしは、どうしたら人を率いることができるかな?」
「あんたには向いてないよ」
ザネリヤにズバッとやられて、リサはショックを受ける。
「えっ?」
「あんた、都合の悪いこと隠したり、ギリギリの嘘付いて、仲間を安心させたうえで死地に送り込んだりできないだろう?」
「……できない」
「だからあんたは、やりたいようにやればいい。そしたら、勝手にみんなが幻想を抱いて寄って来る。昔からそうだったじゃない?」
「そういえば、そうか」
「だから、リサ。あんたは変なことを考えずに、自分のやるべきと思ったことをやるんだ。あんたはそうしてるときが、いちばん輝いてるんだから。そして人は、その輝きに勝手について来る」
リサは目を伏せ、少し考える。そして決意する。
「わかった。ありがとう、ザン。ここでのわたしのやり方が、見えてきた気がする。真っ先に敵に斬り込めるような、小回りの利く襲撃艦をもらうように打診するよ」
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