第六章 腐ったリンゴ(3)腐敗の中の気骨

 あくまでも宇宙戦闘艦ラクジョウは海老埜少将の意のままに動いており、彼が標的と定めたものを撃ちやすい向きに操舵されている。


 リサはその動きの中で、できるだけ多くの敵戦闘機を彗星砲で撃墜するだけだ。彼女は星芒具を起動し、『遠見』を発動させる。


 一射で敵戦闘機を行動不能に陥らせる。敵戦闘機の数が百二十を超えているのなら、百二十回トリガーを引けば終わる話だ。


『――敵戦闘機、次々沈黙していきます。主機関を損傷している模様。百十、百、九十、八十、……。護衛艦の攻撃……いえ、逢川特任少将の射撃です。一発も外すことなく敵を沈黙させていきます』


 オペレーターの声に驚愕が混じる。艦橋のほうからざわめきが聞こえる。


 だが、リサはそんなものにとらわれている暇はなかった。まだまだ敵はたくさんいるのだ。


 次は海老埜少将の声だ。


『逢川特任少将の支援をせよ! 特任少将が撃ちやすいように回頭するんだ!』


 尽き掛けている核ミサイルを温存するためだ。いい判断だ。リサは無言で敵戦闘機を片端から撃ち抜いていく。


 だが、リサは次の瞬間には席を立ち上がり、宇宙戦闘艦ラクジョウ内を右端から左端に駆けた。


 周りからすれば、突然持ち場を離れたのだ。これを理解できる者はいなかった。……この時点では。


 オペレーターが叫ぶ。


『本艦九時方向から強力なエネルギー反応あり! 護衛艦フヨウ爆散。貫通のうえ本艦に来ます』


 即座に海老埜少将が怒鳴る。


『シールドを展開しろ!』


『やっています! シールドが削られていきます。発射元は光学迷彩クローキング状態だった敵星辰戦闘艦。敵いません!』


『くそっ! 光学迷彩だと!』


『ほかに光学迷彩状態だった敵艦が二艦浮上!』


『関係あるか! もう本艦はこれで沈むんだろう! 新たな二艦など――』


『本艦が駄目でも、国防軍には情報を届けませんと――』


『ええい、勝手にしろ!』


 敵星辰戦闘艦の射撃により、宇宙戦闘艦ラクジョウの電磁シールド出力がゼロになった。


 あとは貫通されて爆散するのみ――のはずが、そうはならなかった。


 左舷側に走ったリサが、宇宙戦闘艦ラクジョウを守るように、空冥術で『神護の盾』を展開したのだ。


 艦砲射撃にすら耐える、絶対防御領域。


 オペレーターの声。


『……本艦、被弾していません。存在しないはずの防御シールドにより守られています』


 次に、海老埜少将の困惑の声。


『一体、どういうことだ……?』


『シールド発生元は、……え? そんなはずは……』


『なんだ、早く言え!』


『シールド発生元は、逢川特任少将!』


『そんな……莫迦な』


 海老埜少将の憔悴しきった声。だが、リサはそれを相手にしている暇はない。左舷側で敵の砲撃から艦を防御し切ると、再び右舷側に戻り、彗星砲のコントローラーとトリガーを握る。


 そして、艦内放送用のマイクに向けて喋る。


「特任少将より連絡。敵星辰戦闘艦からの砲撃は防ぎました。九時方向へ回頭してください。撃ちます」


 リサの指示にオペレーターは従う。


『りょ、了解です。九時方向へ回頭!』


「いまのうちに電磁シールドを回復させておいてください」


『わ、わかりました!』


 オペレーターの返事を聞き、この人物はよいなと思った。真面目だし、責任感もある。先ほど、あわや爆散というところでも、地上の本部へ敵情報を送ろうとしていた。


 腐り果てた組織だと思っていたが、気骨のある人物は少しばかりいるようだ。


 リサは敵星辰戦闘艦が射撃可能な角度に入るなり、『遠見』で狙いをつける。


「彗星砲、発射!!」


 先ほどまで敵戦闘機を撃墜してきた細いビームではない。巨大な戦闘艦を沈めるための一撃だ。


 これを腹に撃ち込み、敵星辰戦闘艦をまずひとつ沈める。


 リサは一瞬だけ黙祷する。彼女がこれまで急襲艦という『敵艦に乗り込んで艦内戦闘をする』艦種を選んでいたのは、敵の犠牲者をできるだけ減らすためだ。こんなふうに敵艦をまるごと吹き飛ばしてしまうと、救える命などないだろう。


 そんなリサはまったく気にしていなかったが、これは日本製の戦闘艦で星辰同盟の星辰戦闘艦を沈めた記念すべき出来事だった。当然、全クルーが呆気にとられる。


「現在方向から二時方向へ向かって回頭! 残り二艦も撃滅します!」


『わかりました、二時方向へ回頭! しかし、空冥力ジェネレーターの出力、ほぼゼロです。彗星砲は撃てません!』


「それはなんとかします。まずは十二時方向の新規出現の一艦、あれを主砲で撃って。アナイレーションビームキャノン発射用意!」


『核融合エネルギーでようやく電磁シールドが回復したところです。間に合いません』


「ならば系統を切り替えて。電磁シールド分もすべて主砲に回して。できるでしょ? 主砲担当! 回答は!」


『で、できます!』


 それがいままで黙っていた主砲担当者の男の声だった。


「よろしい。では、正面の戦闘艦は主砲に任せます。わたしはここから三時方向の戦闘艦を撃ちます」


 リサはそう言ったが、オペレーターはまた叫ぶ。


『先ほども申し上げましたが、空冥力ジェネレーターが……』


「大丈夫。空冥術はもともと、人間を介して行うものだから。発生器みたいなものを使うほうが邪道だよ」


『主砲、アナイレーションビームキャノン、発射準備。発射まであと三、二、一、発射!』


 その瞬間、宇宙戦闘艦ラクジョウから二本のビームが放たれ、敵星辰戦闘艦二隻のシールドを貫通し、大破および爆散させた。


 クルーたちから歓声があがる。


 だが、リサはそのあとも、淡々と、敵の残りの戦闘機を精密射撃で落としていく。少しも気を抜かない。


 敵戦闘機は次々に次元跳躍して逃げていく。リサが落とすのは、逃げる素振りのない敵だけだ。


 最後の一機を撃墜して、リサはようやく大きく息を吐き、背もたれに沈み込む。やりきったのだ。


 気がつくと、リサがいる彗星砲法主用の小さなブースの入口に、多数のクルーたちが詰めかけている。


 彼らは口々に、命の恩人だとか、やっぱり特任少将は伊達じゃないとか、褒め称えている。


 都合のいい奴らめ。


 リサはそう思ったが、一応、認められたのだということにして、彼らからの称賛をただただ受けたのだった。


++++++++++

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る