第六章 腐ったリンゴ(2)腐敗の伝播

 数時間の戦闘ののち、近場には敵偵察機は見当たらなくなった。惑星アーケモスをほぼ半周したが、敵影はない。


 海老埜少将の声が放送で流れる。


『諸君、ご苦労だった。近海の敵を掃討したとなると、次は近場から星辰同盟の艦が来るだろう。ここからが正念場だ。それまで休憩をとっておくといい』


 リサは砲手席から立ち上がる。そしてまずは、トモシビの待つ休憩エリアヘと向かう。


++++++++++


 リサが休憩エリアに辿り着くと、続々と日本のクルーたちが食事を持ってやって来る。


 彼らは何やらぼやいている。


「とんだ貧乏くじだぜ」「偵察機を倒せるのはわかったけど、次はどんなのが来るのか」「俺ら、どうせ敵戦力を測るための駒なんだよ」「ま、世の中こんなもんだ」


「まま、どうしたの?」


 トモシビの声を聞いて、リサはわれを取り戻す。


「いや、なんでもないよ。あの、花山さん、トモシビの面倒を見ていてくれてありがとうございます」


 リサは女性事務官に一礼し、一礼が返されて、トモシビの手を引いて食堂へ向かう。


 休憩エリアを出るとき、クルーたちの噂話がまた耳に入る。


「どんなエラい肩書きあっても、俺らと同じ捨て駒じゃなあ」「捨て駒仲間ってことか、ヤンママ特任少将と同じと思うと気が晴れ……ねえわ」「そりゃあなあ」


 リサにはその会話は聞こえていたが、完全に無視した。わざわざやり合っていいことなどなにもない。


 戦いは勝敗を決めることができる。戦いに強いことは悪いことではない。だが、戦いに勝っても相手の考えを変えることはできないのだ。


 ヴェーラ星辰軍のように、数多の星系を征服し、権利を奪ったような強大な力でさえ、ヴェーラ星辰軍に対する憎しみまでを消し去ることはできない。たとえ相手を従属させても、尊敬を勝ち得ることはないのだ。


 リサは食堂で半固形の食事を受け取ると、食堂の座席に座り、それを食べた。トモシビも、隣に座って食べている。食堂のテーブルや椅子は床に固定されていて不便だが、宇宙戦艦の機動に耐える意味では合理的だ。


「トモシビ。味はどう?」


「おいしい」


 ふたりが食べているのは、ほうれん草の煮浸し固形物版だ。こんなものが美味しいわけがない。美味しいとしたら、ほとんどグルタミン酸ナトリウムのおかげだ。


 それでも、こんな環境でも生きていけるトモシビの適応力は素晴らしい。将来どんな環境でも生きていけること。それに勝る能力はないとさえ、リサは感じている。


 ここ食堂でも、リサに対しての噂話が聞こえてくる。


「あの人、いきなり宇宙軍配属になったから知り合いいないんだよ」「あーだから子供連れ……」「子供可哀相じゃん」「そもそもあのナリじゃん」「本音とか言わなそー」


 ここでは誰もが不安なのだ。磨り減らされる神経を守るために、誰かに目標を定めて悪口を言って発散する。ここにいるのは磨り潰された人間ばかりだ。


「索敵班の多奈部たなべ、反応遅れてたよな」「あれダッセーよな、全員を危険に晒してさ」


「核ミサイル二発も無駄にしたって知ってる?」「マジで? うちそんな贅沢できる余裕ないでしょ?」


「射撃班と操舵班の連携最悪だよな」「操舵ミスで弾を無駄にしたって話だぜ」


「護衛艦って必要?」「なんの役にも立ってなかったじゃんね」


 ……さきほどの小規模戦闘だけで、よくもこれだけ身内同士で貶し合えるものだ。聞いているとご飯がまずくなる一方だ。


 同僚同士でさえ、互いを見る目は下種の極みだ。なにもリサだけが槍玉に上がっているわけではないのだ。


 リサはうんざりしていた。見下し合っている者同士で生命を預け合っている。これがどれほどの狂気なのか、彼らはわかっているのだろうか?


 一方で、トモシビの存在はリサにとって救いだ。決して美味しくはない宇宙食を美味しそうに食べている。周囲の雑音を気にしていない。悪い雰囲気に当てられることもない。彼女から学ぶべきだと、リサは思う。


 ふと、トモシビが手を滑らせる。半分ほど残った固形ほうれん草の煮浸しが床に落ちる。


「あ、拾うね」


 リサは自分の分をテーブルに置き、地面に落ちたトモシビのご飯を拾う。パッケージから中身が転げ出していて、とても食べられる状態にない。


「ごめんなさい」


「いいよいいよ。新しいのもらって来ようか?」


 トモシビは首を横に振る。


「もうおなかいっぱい」


「そう。それならいいけど」


 リサは少し心配だった。トモシビはいつも通りの自信に溢れた表情をしている。だからわかりにくいのだ。無理をさせていなければいいのだが。


 単に、自分がうんざりしているだけならいいのだがと、リサは思う。


++++++++++


 二日と六時間後、眠っているときに警報が鳴った。


 敵襲だ。


 リサはベッドでまだ眠っているトモシビにベルトを掛け、ベッドに固定する。そして自分の持ち場へ走る。


『敵襲です。次元跳躍にて出現、攻撃機二十機――いえ三十機はいます。なおも跳躍にて出現中!』


 オペレーターの声には戸惑いが見られる。

 

 次に、海老埜少将の声が放送される。


『まだ敵機は比較的密集状態にある。核ミサイルでまとめて撃ち落とせ!』


 指示通りに、ミサイルが連射される。ただ、予想外だったのは、敵攻撃機が三十などではまったく済まなかったことだ。


 核爆発の一発ではカバーしきれないほどの広範囲にわたって、敵機が出現し続ける。数えるのも面倒だ。百は優に超えている。


『敵機数、百二十五、補いきれません!』


『レールガンを……いや、あの小さい標的では無理か。ええい、ミサイルで応射し続けろ!』


『敵戦闘機からの集中砲火です! シールドエネルギーがみるみる減少していきます!』


『護衛艦! 護衛艦はなにをやっている!』


 そんな阿鼻叫喚を聞きながら、リサは彗星砲のコントローラーを操作する。そろそろ出番だと感じたのだ。出力は下げている。敵戦闘機は小さいので、適切にエンジンを射貫けば行動不能に持ち込める。

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