第六章 腐ったリンゴ

第六章 腐ったリンゴ(1)宇宙戦闘艦ラクジョウ

 日本国国防軍府中宇宙軍基地。


 リサは更衣室で将官の軍服に着替える。長い髪は後ろで三つ編みを何本も作り、結んだ。これはかつて、ラミザがその美しい銀髪をまとめるためにやっていた方法だ。その上で、リサは軍支給品の帽子を被る。


 左腕には星芒具。手首と肘とその中間で固定する。これはヴェーラ製の星芒具であり、まったく日本人用ではないが、リサにとってはアーケモス製のものよりも相性がいい。そのため、使い続けている。


 宇宙戦闘艦ラクジョウ。ヴェーラ星辰軍の下請けとして、すでに戦闘実績はあるという。


 艦長は海老埜えびの少将。日本人二人目の宇宙戦闘艦艦長としての功績を称えられ、昨年大佐から昇進した人物だとリサは聞いている。リサの倍ほどの年齢の人物で、追い越し車線で出世してきた彼女を気に入らないようだという噂まで、彼女の耳に入っている。


 リサが艦橋に行くと、数多くのクルーが忙しげにコンソール相手の仕事をしていた。いや、よく見ると、準備を終えて仲間と談笑している者もいる。


 艦橋にリサが入った瞬間、多くの目がリサのほうを向いた。いろいろな噂が立っていることは、リサにも容易に想像がつく。


 リサが艦長席のそばに辿り着き、日本式の敬礼を行う。海老埜少将は心底鬱陶しそうに、しかし一応、座ったままで敬礼の形をとる。


 邪険にされるのは慣れている。リサは気にせず話す。


「逢川リサ特任少将、本日より着任いたしました」


「……話は中将から聞いている。ずいぶん贔屓ひいきされているそうじゃないか」


「前線の陸戦兵士として重宝されていましたから。とはいえここは銀河連合式の宇宙船と見受けます。不慣れな点もあると思いますが――」


「いい、時間の無駄だ。全体に向かってあいさつをしてもらう。おい、諸君!」


 海老埜少将はパンパンと手を鳴らし、立ち上がる。それに伴って艦橋の全員が作業を止め、艦長席の方を向いた。リサは両手を後ろで組み、クルーたちのほうに向き直る。


 海老埜少将が隣に立つリサを紹介する。


「えー諸君らも知っての通り、本日を以て、新しく逢川特任少将が着任される。逢川君、あいさつを」

 

 リサは一歩前に出る。


「逢川リサ特任少将です。本日を以て宇宙戦闘艦ラクジョウに着任いたしました。二〇〇二年より国防軍所属となっております空冥術士です。本艦での担当分野は砲撃手です。子供連れですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 一応、拍手は起こった。だが、熱はない。まばらで冷めた拍手だった。


 あまり歓迎はされていない。歓迎するのは上層部ばかり。現場では目の上のたんこぶというわけだ。


 日本では年齢主義が行き届きすぎている。この点で、クルーのほとんど全員がリサよりも歳上というのはなかなかやりづらい。彼らからしてみれば、二十代前半で特任少将というリサは妬ましくて仕方がないのだ。


 海老埜少将があとをまとめる。


「彼女の着任に合わせ、アーケモス軍から調達した彗星砲と空冥力ジェネレーターを追加してある。主砲のアナイレーションビームキャノンとデバステートレールガン、それに核ミサイルは残っているから心配はしなくていい」


 露骨に期待されていない。


 リサは人知れず嘆息する。この艦は銀河連合式の艦のコピーだ。だというのに、銀河連合と同じ装備だけで星辰同盟を倒そうとしている。


 星辰同盟の強さの秘訣は、武器の強さと戦闘経験の豊富さだ。どちらをとっても、この艦は弱い。リサは心配になった。この人たちは、本当に解っているのだろうか?


「本艦の離陸を以て、星辰同盟に対し、宣戦布告がなされる。これはわが国独立のための聖戦なのだ!」


++++++++++


 宇宙戦闘艦ラクジョウが出航する。同時に、護衛艦が四隻ついて来る。これではあまりにも貧弱だ。


 身体に重力を受けながら、一気に大気圏外まで飛び出した。思ったよりも身体への負担がないことを鑑みると、重力制御技術も多少は銀河連合から盗んだようだ。


 戦闘艦ラクジョウの最初の任務は、惑星アーケモスの周辺宙域から敵偵察機を一掃することだ。実に小さな一歩だ。そんなことをすれば、星辰同盟からは征圧艦が何十もの戦艦を率いてやってくるだろう。そのときにどうするつもりなのかは、わからない。


 リサは艦橋の端に設置された砲手用のブースに入り込む。手元のコントロールに合わせて、砲身が動く角度を確認する。思ったよりも自由に動かせる。ただし、上下の幅が狭いことは気になる。もっと根本的には、この砲は艦の右側に付いているから、左側の敵は狙えない。これは致命的だ。


 艦内放送で海老埜少将の声が響く。


『よし、上層部より宣戦布告がなされた。これよりわが艦隊は星辰同盟と交戦状態へと入る。敵は偵察機四機を捕捉している。まだまだいるはずだ。惑星アーケモスを周回して敵を炙り出せ!』


 ずいぶんご機嫌じゃないか。リサは呆れるやら感心するやらだ。偵察機相手に戦艦を打ち上げて、火力で圧倒する気なのだ。弱い者いじめもいいところだ。


『敵偵察機二機、核ミサイルにてロスト』


『よーしいいぞ。残りを追え!』


 艦内放送は威勢がいい。リサはここには仕事はないと感じた。


 今回、トモシビは休憩エリアで事務方の女性に面倒を見てもらっている。ちゃんとしているなら、いまごろは休憩エリアの椅子にハーネスをつけて身体を固定しているだろう。


 それにしても、こんな莫迦げた指揮官の船に娘を乗せていて大丈夫だろうかと不安になる。暫定二週間のミッションとはいえ、地上の軍庁舎に置いてくるべきだったかと悩む。


『敵機影、さらに二機補足、いえ、四機補足』


『合計いくらだ。合計が四か、六か?』


『合計六――いえ、うち二機撃墜。敵攻撃来ます』


『電磁シールド展開! 一発たりとも通すな!』


 実に退屈だった。リサ以外の人々が、オーバースペックの武器を撃ちまくって楽しんでいる。それだけだ。


 ビームキャノンは核融合エネルギーを使用しているから、連射性能はなくても弾切れはほぼない。だが、レールガンや核ミサイルには弾数上限がある。実弾兵器を小型機に当てて喜んでいるのは滑稽だ。


 いや、むしろ逆かと、リサは考え直す。相手がヴェーラ星辰軍だからこそ、どんな小型機相手でも本気を出すし、倒せば歓声があがる。心底怯えていて、目が眩んでしまっているのだ。事実が見えていない。

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