第五章 不適合社会(3)共に歩いて行くこと

 妙見中将はこうなることを予見していたようだ。機嫌よく、リサの話を聞いている。


「いいとも。条件を聞こう」


「まずひとつ。わたしの階級をうんとあげてください。ヴェーラ星辰軍では単艦突撃をするために小型艦の艦長をする必要があり、その都合で大尉でした。ですが、国防軍では尉官でも佐官でも納得しません」


「ということは、将官をご希望と」


「ご存知の通り、わたしは星辰同盟の本丸たる神界レイエルスを滅ぼした人間です。これが日本の国防軍ならどのレベルかをお考えください」


「なるほど。きみの言っていることをまとめると、階級は上げたいが指揮をする艦はなるべく持ちたくないということか」


急襲きゅうしゅう艦がベストです。わたしは基本、敵艦に乗り込んで艦内戦闘をします」


「……日本では採用していない方法だ」


移乗攻撃きりこみは、日本でもよくあった戦法かと」


「あまり近代的ではないね」


「ヴェーラ星辰軍でもやっていたのはごく少数です。わたし以外は、最後の手として苦し紛れにやることでした」


「日本国宇宙軍には急襲艦はない。だが、きみの能力の活かしかたは見えてきた。すぐに用意はできないので、そのあいだは間に合わせの戦闘艦を使ってほしい」


「了解です」


「それで、ふたつめの条件とは?」


「……わたしの艦には託児所をつけてください」


 それを聞いた妙見中将は一瞬唖然としたが、数秒後には膝を叩いて大笑いしていた。


「いや結構、結構。それくらいお安いご用だ。託児所付き戦艦、託児所付き執務室、なんでも用意しよう」


「それなら結構です。では、仮契約ということで」


「仮契約というものはわが軍にはないんだが……。まあいい。私が仮契約で通しておこう。条件が揃えば本契約を頼むよ」


「了解です」


 リサと妙見中将が握手をする。


++++++++++


 リサは四ツ葉市内の自宅から出て行くことにした。本格的に国防軍所属となるので、家は軍庁舎に近いほうが都合がよいと判断したのだ。新しい住居は麹町。市ヶ谷のすぐ近くだ。


 妙見中将との会議から数日後、リサのもとには新しい身分証が届けられた。表記は『国防軍 宇宙軍および空冥術軍所属 階級 特任少将 入隊二〇〇二年』となっている。

 

 変わった点は二点。一点目は、『総合治安部隊』が『空冥術軍』に格上げされているということだ。もう名称も実態を隠す気がないようだ。さらにいえば、部下なしと言ったのに、リサをここのボスとして任用するつもりだろう。


 二点目は階級の特任少将。従来の組織図では見たことがない階級だ。もしかすると制度としてはあったのかもしれないが、あくまでも特例的なものなのだろう。



 それから、おかしなことが起こった。リサの新しい階級名が周囲に漏れているのだ。特任少将。妙見中将の息の掛かった特殊な階級。あと少しで軍部大臣にも手が届く。この若さだといずれは確実とさえ思われる——。


 隣近所も、商店街の人も、幼稚園の関係者もみな知っている。


 誰かが故意に噂を流しているのだ。


 その触れ込みを怖れないものは稀だった。トモシビの幼稚園でのいじめ騒ぎはピタリと止み、担任の納田先生さえもがトモシビびいきになった。


 リサにとっては、ストーカーらしき影や、書店バイト中のナンパなどが激減した。


 誰もかれも畏れているのだ。国防軍特任少将という肩書きを。



 リサは『ゆめ書店』の店主にバイトを辞める旨を告げ、トモシビは幼稚園でお別れ会をしてもらっていた。


 引っ越しの日、家具はそのままにして、必要な衣服だけを引っ越し業者に持ちだしてもらうと、リサは自宅に鍵をかけた。名残惜しさもあるが、仕方のないことだと諦めた。


 振り返ると、門扉のそばに堂々と立つトモシビのところに、矢間元母子が低姿勢でやって来たところだった。


 矢間元ママがリサに言う。


「あの件は、軍の黒服に脅されてやったことなんです! うちは仕方なくやっただけなんです!」


 リサは門扉のところまで行き、トモシビの手をとる。


「矢間元さん、わたしは別に、仕返しがしたくて特任少将になったわけでもないんですよ。それに、声が大きいです。妙見中将に聞こえては問題がありますし、だいいち、いまやその黒服連中もわたしの部下です」


「あ、あああ! し、失礼をいたしましたあ!」


 なんたる無様。相手にするだけ時間の無駄だろうと、リサは思う。


「どうでもいいんです。鉛筆は買い直せます。ただ、あの鉛筆は幼稚園入園祝いの品だった。替えがきかないものだったんですよ」


 すると、珠令のほうが、手を差し出す。その手には、トモシビの好きなねここちゃんの柄の鉛筆があった。


「なげたばしょをさがして、みつけた。ごめん」


 トモシビは一度うなずくと、その鉛筆を受け取る。


「ありがとう。じゅれ、わるいことばんかいした。えらい」


 リサには驚きだった。相手は過ちを認めて償っただけなのに、それを褒めるトモシビはすごい。しかもお礼まで言っている。くさす言葉はひとつもない。


 リサにさえ真似できないほどに、いい子に育っている。


 意図せずトモシビに褒められた珠令は、照れ臭そうにしている。


「それでは、これで」


 リサが軽く一礼してトモシビの手を引くと、トモシビは矢間元母子に大きく手を振る。


「ばいばーい」


 信じられないほどに明るく素直な子だ。同時にしっかり者でもある。


 

 頭を下げている矢間元母子を背に、リサとトモシビは駅前商店街のほうへ向かって歩く。


 リサは、いつもならここでタクシーを呼んでいた。トモシビに長距離を歩かせるのを避けたかったからだ。だけど、いまなら大丈夫な気がする。


「トモシビ、電車乗ろっか。新しいお家まで」


「うん」


 ふたりは手をつないで歩き、めっきり本数の減った電車の車内で並んで座った。共に歩いて行くこと。これもこれで、楽しい時間なのだと、リサは実感した。

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