第四章 世界の希望(4)期待に圧される勝利の女神
車が停まったのは大きな病院の前だった。御影が言うには、これもまた秋津洲財閥系の病院だという。
「一階のコミュニティスペースに行きたまえ。それでわかる」
御影にそう言われて、リサはトモシビを連れて車を下りようとした。だが、それは止められる。
御影はまた言う。
「子供は置いていったほうがいい。ここはそういう場所だ。子供の安全はわれわれが保証する。見ているからひとりで行ってくるといい」
リサはトモシビを置いていきたくはなかったが、曲がりなりにも相手は鏡華の兄だ。そして日本有数の財閥のトップだ。連れ去りなど下種なことはしないだろう。
「わかりました。じゃあ、トモシビ。ここで待っててね」
トモシビはうなずく。だが、心配げな顔をしている。
「はやくかえってきてね、まま」
「うん。ぜったい、すぐ戻ってくるからね」
++++++++++
大きな病院に入ると、患者や看護師が行き交っていて、その向こうには受付があった。なので、リサはどこにコミュニティスペースがあるのかを訊こうかと思った。
だが、そうするよりも先に、ちょっと視線を右に向けると、コミュニティスペースと書かれた看板が目に入った。
ここのことだろう。
リサはノックしてから、ドアを開ける。
入って驚いた。そこにいたのは、全員、腕や脚がない人間だったのだ。ある人は車椅子に乗っており、ある人は松葉杖をついていた。
五体満足な人間などここにはいない。
「おお、逢川さん、お久しぶりです」
そう言いながら、車椅子で近づいてきたのは、元『大和再興同友会』若手幹部の
彼は両足がなかった。
「依知川……さん……」
「私もいまでは『総合治安部隊』の一員ですが、この通り、恥ずかしながら魔界大戦で負傷しまして」
「あの戦いに、いたんですか」
「逢川さんの隊が先発隊と呼ばれていました。私は三回目の出撃隊に編成されたのです。ですが、現地につくと逢川さんはおらず……」
「ええ……」
「ですが、負傷して帰国した後に聞きましたよ。ヴェーラ人を陰で操る敵の本丸、神界とやらに突撃し、天使どもを倒したとか。いまでは『神殺し』と呼ばれているとか」
依知川があまりにも熱く語るので、リサにはそれを否定できない。
「え、ええ……」
そう言った話を聞いて、周りの手足のない男たちが沸き立つ。
「おお、この人が『神殺し』か!」「めちゃ強いうえにこんな美人だったとは!」「これで日本も安泰だ!」「ヴェーラをぶっ倒してやろうぜ!」
以前の寺沢や同窓会のときのように、人に拒否されるのは確かに嫌だ。だが、いまのこの場所のように、『神殺し』として歓迎されるのもまた、気分が悪い。
リサはそんなことを求めてはいない。ただ、静かに普通に暮らしたいのだ。
「えっと、ここにいるみなさんは……?」
リサがそう問うと、依知川が答える。
「みな傷痍軍人です。魔界で負傷した者もいれば、艦隊戦で負傷した者もいます。きょう、逢川さんにお会いできると澄河元帥から伺って、ここへ集まった次第です」
「いや、わたしはそんな……。だって、わたしはもう――」
みんなの期待が怖い。もう軍人ではないと、はっきり言わなければならない。なのに――。
傷痍軍人のひとりが熱っぽく言う。
「あの光の槍! 光の槍を見せて下さいよ! 軍だけで見られる竜との戦闘映像をみんなで見たんですよ! あれは本当にかっこよかった!」
「いや、星芒具は家に置いてあるので……」
「あ、そりゃそうか。逢川さんレベルの人が光の槍をいつでも出せたら、銃刀法なんか意味ないですもんね!」
ひとりがそう言って、まわりの傷痍軍人たちが大笑いする。
「陸軍でも、ライフル持って街歩いてるやついないもんな!」
ガハハハハ!
みんな明るい。
これだけボロボロになってなお、最強の空冥術士として有名なリサに会いたい一心でここに集まった人々だ。
リサはなんとか、言葉を口から押し出す。
「みなさん、日本に帰って来られたんですね。きっと国からの補償も出るでしょうし。これからは平和に――」
「なに言ってんです! これからはヴェーラ軍との戦争だって聞きましたよ。奴らが銀河連合を倒したと気を抜いてる隙に!」
傷痍軍人のひとりがそう言うので、リサは自分の耳を疑った。聞いたこともない話だ。
「そうだ! あの魔族も結局はこっちと同盟を組んだんだ。日本・アーケモス・魔界合同軍でヴェーラ星人を倒すんだ!」「逢川さんももちろん参加されるんでしょ? だったら俺たちの勝ちですよね!」
知らない。
こんなことは知らない。
リサは気がつけば、自分が壁に背にしていることを知った。追い込まれたのだ。彼らの期待に。
「で、でもだって、みなさん、大怪我をなさって……」
「だから秋津洲財閥系の病院に通っているんですよ」
こともなげに、依知川が回答した。
「え? いや、でも……」
「逢川さん、われわれは、新型の機械の義手義足の接続を待っているんです。まだ戦場に出ますよ。われわれには逢川さんという勝利の女神がついていますからね!」
この人たちはまだ戦う気なんだ。
リサは愕然とした。自分はもう戦いが嫌になって日本に帰って来たのだ。穏やかに子育てをするために帰って来たのだ。
だというのに。この人たちは、リサという旗印を必要としている。
また別の傷痍軍人のひとりが言う。
「俺、正直、義足の接続を躊躇ってたんです。でも、逢川さんを見て勇気が湧いてきました!」
ヒュー、ついに決めたかお前! 勝利の歴史に名前を残すぞ! という喜びの声が聞こえてくる。
リサにとってはもう、それらの声は頭蓋骨の中の残響音だった。まともに聞いていられない。
この人たちは、わたしに勇気づけられてまた戦場へ行く?
そんな莫迦な。
「では、わたしは――」
リサはふらふらとした足取りで、コミュニティスペースを出る。別れ際のあいさつなどできる状態ではなかった。
あの場の空気にこれ以上当てられれば、持ちこたえられなかっただろう。
++++++++++
リサは澄河家の車に戻り、後部座席に乗り込んだ。それは、座るというより、身体を投げ込むようなものだった。
動けない。
「車――車、出して」
リサにはもう、それを言うのが精一杯だった。
車が動き出す。
助手席の御影が、振り返らずに言う。
「どうだった? あれが兵卒たちの感情だ。鼓舞してやるのも上の仕事でね」
「やめて……もう……」
リサには、それ以上言えなかった。
トモシビが、疲れ果てたリサの頭を撫でる。
もうわたしに、あの人たちに、戦わせないで……。
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