第四章 世界の希望(3)「正義は得意だろう?」
予約していた面会の時間が終わったという使用人の言葉を受け、リサとトモシビは席を立つ。
「きょうは会ってくれてありがとう」
そう言うリサに対して、鏡華もお礼を返す。
「こちらこそ。ここまで来てくれてありがとう。回復したら街で遊びましょうね」
++++++++++
そんなあいさつをして、リサとトモシビは『瑠璃館』の門の方へ歩く。
すると、門のところに停まっている車の前に、グレーのスーツを着た男が立っていることに気づいた。
澄河御影だ。
「あなたは……」
リサが露骨に警戒心を表情に出すと、御影は溜息をつく。
「そんな顔をするな。魔界までは一緒に戦地にいた間柄だろう」
「鏡華に会いに来たんですか?」
「あれはもう疲れているだろう。私が会いに行って更に疲れさせることもない。静養が必要だ」
「……いいお兄さんぶっていますが、まだ大学生の妹に無茶な仕事を振って体調不良に追い込んだようじゃないですか」
「私はいい兄ではない。私が優先するのは、常に日本という国だ。澄河家はそれを支える存在にすぎない」
「選民思想のように聞こえます」
「そう聞こえることもあるだろう。だが、きみもそうだったんじゃないのか。自分こそが正義の体現者だと」
「――っ」
「やっていることは同じだ。だが、澄河家は幕末以降、日本という国の産業を支え、政治を支え、経済を支えてきたシステムだ。システムに正義感は要らない。感情も不要だ」
「お忙しいんじゃなかったんでしたっけ? そんなことを言いに、ここまで来たんですか?」
「まあ、車に乗ってくれ。きみに見せたいものがある。……いや、きみを見せたい人々がいると言ったほうが正解か」
「はあ……」
リサには合点がいかなかった。だが、澄河御影は鏡華の兄だ。無碍には扱えない。それに、彼の言うとおり、高校三年生のころ以降、魔界大戦出撃までは交流のあった人物だ。
トモシビを連れ回すことになるが、そこは飲むことにした。彼女をひとりにするほうが危ないと判断したのだ。
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リサとトモシビを後部座席に乗せ、御影は助手席に乗り、お抱えの運転手の運転で車は走り出す。依然として、どこへ向かっているかわからない。
御影は助手席に座って、先ほどまでの話とはまったく無関係そうな資料を読んでいる。ペラペラとページをめくっていくが、ものすごい速さだ。リサは自分の速読力や理解力に自信があるほうだったが、彼のそれらは自分を上回っているとひと目でわかった。
「澄河さん?」
「ああ、失礼。各社の社長決裁済み稟議書に目を通していた。こんなときでもなければ時間がないわけでね」
「わたしを呼びつけておいてそれですか」
「気にしなくていい。読みながらでも、ひとりくらいの話は聞ける」
どういった理屈だろう。話をするときには相手に集中するという、基本的なマナーがないと見える。
「澄河さんって、たしか財閥の副総裁でしたよね。わたしがアーケモス大陸のオーリア帝国にいたときに頂いた書類ではそう書いてありました」
「たしかにあのときはそうだった。だが、いまは父も亡くなり、私が総裁だ」
秋津洲財閥総裁、澄河御影。父の厳一郎は亡くなっていたというわけだ。いまは名実共に、彼が日本の財界のトップだ。
「それは、お悔やみ申し上げます」
「もう一年以上前の話だ。それに、私が表舞台に出るのが少し早まっただけのこと。各種資料も連名でなく済むようになった程度だ」
「……悲しくはないんですか?」
「悲しい、か。さっきも言っただろう。そんなものは澄河の一族にはないと。そんなものに
「どういうことです?」
「澄河の人間で、布団の上で死んだ者はいないということだ。誰もが仕事中に机か出先で死ぬ」
「そんなの、おかしくないですか?」
「おかしい? これが澄河家の普通だ。われわれにとってみれば、ベッドで死を待っている時間ほど無駄なものはない」
リサは思う。澄河家は常軌を逸している。そして、鏡華にもそれが求められたのだろう。鏡華にとって、高校の三年間や大学三年生までの時間は、最後のモラトリアムだったに違いない。
「それを鏡華には押しつけないで欲しいです。彼女はただの、面白い女の子なんです。あんなに疲れ切った顔をするような子じゃなかった」
「……それは承知している。あれはそのうちにどこかの有力家に嫁ぐだろう。その時点で澄河の系譜からは外れる。問題はない」
「そういうことじゃない!」
「きみは前線で何度も死線を踏み越えてきたんじゃないのか? われわれ澄河家は常在戦場だ。きみとは価値観が共有できると思ったがね」
「できません!」
「まあいい。それでも、私の宇宙軍事業の基礎は、魔界大戦までのきみの活躍が元になっているのは間違いない。感謝はしているんだよ」
「感情がないと言ったくせに、感謝ですか」
「なるほど、きみは言語力が高いな」
「はぐらかさないでください」
「日本人空冥術士というのも、半信半疑だった。おとぎ話のようなものだったからね。果たして日本人に魔法が使えるのか、ということだ。『総合治安部隊』に出資したものの、芽が出る気配はなかった」
「そこで、わたしが見つかってしまった……」
「その通りだ。日本にここまで強い空冥術士がいるとは驚いた。おかげで、出資中止にならずに済んだよ。そこから、『大和再興同友会』のような反社勢力にも打ち勝った。果ては魔界だ。魔族相手の立ち回りには目を
「そのあと、わたしは誘拐されましたけどね」
「それは残念に思っている。だが、きみは先鞭をつけてくれた。いまや、『大和再興同友会』の連中にも特赦が出て、彼らは『総合治安部隊』や宇宙軍の空冥術士となった」
「『総合治安部隊』と『大和再興同友会』は結局同じだってことですか」
「日本政府からのヴェーラ人の一掃という点ではね。だが、きみも法学部を目指していたなら知っているだろう。暴力は民間には委託されていない。国家が独占しているんだ」
「
「ああ。それが許されるように立法されたからね。合法な組織だとも」
「合法であるかどうかがすべてなんですか」
「ほう。法学部志望だった人間の言うこととは思えないな。無論、合法であることはすべてではない。だが、必要条件だ」
「では、十分条件はなんです?」
「こちらがわに正義があるように見せかけることだよ。きみの得意分野だろう」
「あなたって人は!!」
「怒りや憎しみは現場の特権だ。われわれのようなシステム側は、怒りで物事を決めてはいけないからね。だが、私とて、感情の重要性は理解している。これから行くのはそういう場所だ」
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