第四章 世界の希望(2)青い鳥

「鏡華……」


 リサは自分のために、社会への怒りを露わにする鏡華に胸を打たれていた。そうだ。鏡華はずっとこんな人物だった。それを無視し続けたのは自分だ。


 鏡華はリサの両肩をしっかりと掴む。そして、リサの両目を真っ直ぐに見据える。


「わたしは、あなたたち親子に、世界一幸せになって欲しいの」


 ああ、と、リサは嘆息する。


「おかしいな。どうしていまになって、鏡華の言葉が理解できるんだろう。鏡華の気持ちを受け取れるんだろう。……わたしには、こんなに、大事な、友達がいるのに……」


 リサは目頭が熱くなるのを感じた。真剣に見つめてくる鏡華の姿が涙でにじむ。

 

 これじゃあまるでおとぎ話だ。というのに。



 それからリサとトモシビはベッド脇の椅子に座り、おしゃべりに興じた。先ほどまでとは違い、感情の重苦しくならない話だ。


 鏡華は弱々しく微笑む。


「リサと一緒に大学にも行きたかったわ。一緒に図書館で予習したり、週末には映画を見に行ったり、サークル合宿で山や海に行ったり……」


「わたしの家はお金持ちじゃないから、行けても国公立かな。鏡華のような私立の三田塾大は、わたしのうちには高すぎたかも」


「問題ないわよ。成績優秀者には返済不要の奨学金制度もあるし。もし国立大に行っていたとしても、インカレサークルだったら大学をまたいで活動できるし」


「そうなんだ。わたし、大学のこと、なにも知らないんだね」


「わたしだってそうよ。わかったのは入学してから。大学生が高校生までよりもずっと自由だとわかったのも。単位さえ揃えれば、どこでなにしてても構わないし、最悪、授業をサボったっていいの」


「ええ? そうなの? ……三田塾かあ。高校の企画で大学訪問したことあるから、構内に入ったことはあるんだよね。憶えてるのは、特徴的な門くらいだけど。もし、法学部に行ってたらどうだったのかな」


「わたしの経済学部からは近い場所にあるし、互いの講義を把握していれば、講義のない時間に一緒に出掛けられたと思うわ。単位なんて三年生で取り切っちゃうから。四年生はたくさん遊べたと思う」


「……いま、鏡華はその四年生なんだよね」


「ええ。秋津洲重工のほうがいま、軍需産業で忙しくて。単位を取り終えたなら仕事を学びに来なさいってお兄さまと叔父さまが。就活してる同級生もいるし、わたしもそのつもりで。澄河の人間として、早く役職者になることを求められていたし」


 これは、選ばれた一族に課せられた、要求度の高い仕事だ。普通の大学生は、おそらく先ほど鏡華が言ったようなのんきな様子があるのだろう。だが、結局、鏡華にはそんなものは用意されていなかったということだ。


「そんな大人の勝手に……」


「澄河家の人間は、みんなそれができたのよ。入って数年で役員になれる追い越し車線。でも残念。忙しすぎて身体を壊しちゃった。一族の期待に応えられなかったの、わたし」


「鏡華はなにも悪くない。だって重工でしょう? いま一番忙しいところじゃないの? そうだ、日本が宇宙船を造ってるって……」


「そう。ヴェーラ人の敵、銀河連合の宇宙船をリバースエンジニアリングしてね。生産ラインを構築して、物資調達を取り付けた。それを急造品でもなんでも、量産しなければならなかった」


 リサはぎゅっと拳を握る。


「きっと、わたしが日本に残っていたら、忙しい鏡華を手伝うことだってできたんだろうね」


「それは無理よ」


 鏡華にあっさりとそう言われてしまい、リサは拍子抜けする。これではまるで仕事能力を否定されたかのようだ。


「無理?」


「ええ。リサだったらこの時期、司法試験対策で忙しいはずよ。三年生で合格とか目指して、一年生から勉強してたら別だけど。それはわたしのほうがつまらないわ」


「……そうなんだ。わたし、法学部の大学生のこと、なにも知らずに目指してたんだなあ。それでもし、法曹になれたらどうしてたんだろう。わたしに合うのは検察かな。弁護士は、性格的に難しい気がする」


 そこで、鏡華がふざけて、驚いたような声をあげる。


「何言ってるの? リサには企業弁護士になってもらわなきゃ。わたしが行くことになる秋津洲系企業の法務部に来てもらうわよ。いろいろ大変なのよ、大きな会社って」


「企業の法務部。そうか、そういう道もあるのか。それだったら、鏡華のいる会社を守るために働けたんだ……」


 誰かを守って戦う。それには、光の槍を振り回すことは必須ではなかった。空冥術のような特別な力はなくても、人間として、知恵を使えばできたのだから。


 もしも、の話はとても楽しい。本当にそんな世界があった気さえしてくる。

 

 法学部棟の前で鏡華と待ち合わせをして、街に出掛けた。


 山や海に一緒に遊びに行った。


 インカレサークルで一緒にテニスで汗を流した。


 サークルの仲間として一緒にお酒を飲んだ。

 

 試験対策を夜遅くまでやって、「寝不足だよ」と言って笑い合ったりした。


 就活で一緒に秋津洲財閥系企業を訪問した……。


 ……ああ、本当にそうだったら、どれだけ平和で楽しかったのだろう。


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