第四章 世界の希望

第四章 世界の希望(1)おひめさまのおしろ

 リサは澄河鏡華――高校時代の生徒会長を訪ねることにした。


 以前、同窓会で会った寺沢は言っていた。鏡華はいま、精神病で療養中だと。本来なら通っているはずの大学にも行けていないそうだ。


 高校生のとき、リサは鏡華に酷いことを言った。にもかかわらず、強敵と戦って倒れたあと、目が覚めたときにそばにいてくれたのは鏡華だった。いま、その鏡華が病に伏せっている。


 リサは高校時代の電話帳を引っ張り出し、鏡華の番号に電話をかけた。しかし、出たのは使用人らしい人だった。


『いま、鏡華お嬢様はこちらにおられません』


「では、澄河家の本邸のほうということですか?」


『いえ、本邸でもなく……』


 話によると、鏡華は病気療養のために、都内ではあるが麻布の本邸とは別の、高輪の『瑠璃館』というところにいるのだという。面会には本人の同意が必要だということで、本人に確認を取ってくれることになった。


 十分と経たないうちに澄河家の使用人から折り返しの電話があり、鏡華が会いたいと言っているとのことだった。


 会いたい。それはありがたい言葉だった。使用人伝いなので誇張かもしれないが、それでも、拒否されている感じではないのだろう。


「では、日時は――」


 リサは使用人と電話で日程調整を行う。大人になると友達と会うのもこんなに大変なのかと、不思議な気持ちになる。いや、これは相手が病気療養中だからなのだと思い直す。そうでなければ、悲しい気持ちがしたのだ。


++++++++++


 面会の日、リサは高輪の『瑠璃館』前にタクシーで到着した。もちろん、トモシビも一緒だ。


 時間ちょうどに付くと、門扉のところには使用人の男性がいた。


「逢川様ですね」


 そう確認され、はいと答えると、門を開けて中へと案内してもらえた。門から屋敷の間に長い道があり、道の両側には花壇や噴水までもがある。


 鏡華が四ツ葉高校に通っていたときは、別のもっと近い屋敷からの通学だったと聞いていた。それでもなお、セキュリティサービス付きでかつ黒塗りの高級車通学だったので、極めて目立っていたことは確かだ。


 こうして澄河家の屋敷のひとつ『瑠璃館』にやって来てみて、リサは、鏡華が本物のお嬢様なのだと実感する。


 全体的に瑠璃色の丸い屋根と白い柱と壁で構成された『瑠璃館』。まるで異国のようだ。日本がまだ地球にあったころの、西洋風の建築なのだろう。


 この屋敷の威容にはリサも圧倒されたが、トモシビはもっと驚いていた。まるで知らないうちにテーマパークに迷い込んだような顔をしている。


「トモシビ、ここはママの友達のお家だよ」


 リサはそう言って、トモシビを安心させようとした。


「ままのともだち、おひめさま?」


「うん? どうしてそう思ったの?」


「ふるいえほんで、おひめさまのおしろをみた」


「ああ、これはお城に似てるね。お姫様みたいな人だけど、大丈夫。ママの仲良しな友達だから」


「だったらだいじょうぶ」


 トモシビの回答に、リサはつい微笑む。お姫様と会うと思って緊張しているのだろうか。……正直、リサ自身にも緊張がないわけではないのだが。


++++++++++


 使用人がドアをノックし、それから扉が開かれる。


 そこは広い寝室だった。大きなベッドに鏡華が座っている。寝間着だけでは寒いのだろう、彼女はカーデガンを羽織っている。


「ああ、いらっしゃい、リサ。会いたかったわ」


 そう、やさしく招いてくれる鏡華の声に、リサはホッとした。


 しかし、声はずいぶん弱々しく、顔はやつれきっている。高校時代にあった艶感や、元気いっぱいの笑顔はどこかへいってしまっていた。


 リサは部屋の中へ入り、ベッドから動けない鏡華の横に立つ。


「わたしも、鏡華とまた会えて嬉しいよ」


「ずいぶん長い間、日本を離れていたじゃない。寂しかったわ。戻ってきてくれて、すごく嬉しい」


 リサは頭を掻く。


「ずいぶん長い留守になっちゃったよね。こんなになるなんて、自分でも予想してなかったよ」


「アーケモス大陸に行って、お姉さんには会えたの?」


 鏡華が発したその質問は、核心を突いていた。リサは大学に進学せず、アーケモス大陸に渡り、姉のミクラの足跡を追っていたのだから。


 リサは首を横に振る。


「それはいいんだ。もう、いいんだよ……」


 その答えを受けて、鏡華はリサの姉について問うのはやめることにした。そして、さっと話題を切り替える。


「可愛いお子さんね」


 視線が自分の方を向いたのに気づいたのだろう。トモシビはいつものように名乗りをあげる。


「あいかわトモシビ、ごさいです!」


「あら、お名前と歳が言えるのね。偉い子だわ」


 鏡華というお姫様に褒められたのが嬉しかったのか、トモシビは胸を張る。リサや鏡華にしてみれば、そんな彼女がかわいらしく感じる。


 リサはうなずく。


「うん。この子はわたしの娘。魔界にもヴェーラ星系にも行ったけど……。この子は月でわたしを待っていた。大事な子だよ」


「あら、ずいぶんロマンチックね」


「はは。あの長い旅は、この子に出会うための旅だったのかもしれない」


「そう……。高校を出てから、戦いばかりの日々だと聞いていたから……。素敵なこともあったのね。よかった……」


 鏡華はそれを、自分のことのように喜んでくれる。安堵してくれる。祝福してくれる。なぜ自分は、彼女の手を振り払ってしまったのだろう。


 リサは謝る。


「でも、鏡華に迷惑も心配も掛けた。数え切れない人たちに取り返しのつかない迷惑を掛けたよ。わたしは正しいことに目がくらんでいた。莫迦だったんだ。ごめんなさい」


「リサ……」


「これはわたしのわがままだけど、この子はきちんと育てたい。それは償いには足りないと思う。でも――」


「リサ、ちょっと来て」


 鏡華に手招きされて、リサはベッドに身を乗り出す。すると、鏡華はリサを抱きしめる。

 

 鏡華は涙に震えた声で語る。


「わたしは世の中が憎い。全部あなたに押しつけて、あなたの人生を利用した。そして、名誉ある汚名までも着せた。『神殺し』と。軍関係者なら知ってるわ。日本の英雄が星辰同盟の盟主を滅ぼしたと……」


「そっか。日本でも、知ってる人はいたんだ……」


「わたしは、そんなの許せない。もう戦争なんて真っ平よ。わたしの大事な友達、リサにそんなものを背負わせないで欲しい。絶対許さない……」

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