第三章 隣人として

第三章 隣人として(1)問題児は誰か

 リサは毎日、トモシビと暮らしているだけで満足だった。


 ものわかりのいい子であるし、思いやりのある子でもある。大人相手に物怖じをしない子でもある。


 そういう風に述べていくと、トモシビには、なにひとつ欠点などないかのようにみえる。


 だが、リサはひとつだけ懸念していた。それは、同年代の子供たちと触れ合わせていないことだ。それが必要不可欠かどうかはわからない。高校生になっても、大学生になっても、大人――年配の人と話すのが苦手な人がいるなかで、トモシビは大きなアドバンテージを持っているとさえいえる。


 その一方で、ある時点まで、この日本社会は年齢での横並びを好む。大人との接し方しか知らないと、この先、損をしそうな気がする。


 リサはトモシビを幼稚園に入れることに決めた。五歳ということであれば、年中組に入れてもらえるだろう。


 そうと決まれば、リサは国防軍発行の身分証と戸籍でトモシビの住民票を作成した。あとは幼稚園選びをするだけだ。



 とはいえ、トモシビをいきなり幼稚園に放り込むのも気が引けた。子供とはいえ、本人の意思がある。


 リサはまず、トモシビに、この世には幼稚園というものがあり、未就学児はそこへ行くことが多いという説明をした。もちろん、言葉としてはもっと平易なものを使っているが、子供相手にかなり理路整然とした学制の説明をするあたり、実はリサのほうが問題児である。


「この日本という国にはまず、義務教育というのがあって、満六歳から受けることができるのだけど……」


 それもそのはず、リサ本人は忘れているが、彼女自身、子供時代からロジカルだったのだ。逆に、理屈なく騒ぐ同年代の子供や、理屈をうまく説明できない子供が苦手だった。


 リサの通っていた都立四ツ葉高校が進学校であり、ロジックの通じる生徒ばかりだというのが彼女にとって幸いだっただけだ。「なんとなく」や「雰囲気」で物事が進む中学までは、彼女は同級生のほとんどから距離を取り、書籍を最大の友人としてきた。


 高校生の時点から国防軍にスカウトされ、理屈重視の大人たちの会議で平然と発言をしていたのも、幼少期に理屈なき子供たちの中で浮いていたことと表裏一体だ。


 そんなわけで、リサがトモシビに対して抱いている懸念というのは、本人が忘れているだけで、実はリサ自身が抱えていた問題でもあったのだ。


 そして、リサのやり方に対応できてしまうトモシビもまた、同じ傾向を発露している。事実、リサによる教育の六三三四制から幼児教育の話に展開していくという、まどろっこしい説明について行けてしまっている。


 そのうえで、トモシビは実際に近場の幼稚園を見たいと言いだした。制度や体験談以上のものを取材によって得たいというわけだ。


「ようちえん、みてみたい」


「なるほど、いい提案だね。じゃあ、一緒に見に行って、幼稚園を選ぼうか」


 リサは地図を取り出し、近場の幼稚園に印を付ける。送迎バスがあるところ、ないところの印も付けていく。そんな地図を、前情報なしで読めてしまうトモシビは明らかに高知能なのだが、同タイプであるリサはそれに気づかない。


++++++++++


 リサはトモシビと手をつなぎ、いろいろと幼稚園を見て回った。どこの幼稚園でも、寒い中、外で教諭と子供たちが駆けっこなどをして遊んでいる。


 ある幼稚園では、教諭がこんなことを言う。


「うちの幼稚園は、動物と触れ合うことで命の大切さを学んでいるんですよ」


 それに対して、リサよりも早く、トモシビが質問をする。


「どうぶつは、なにがいますか?」


「ウサギとか、インコとかですね」


「ねこはいないの?」


「ネコはひっかくから……。ほかに好きな動物は?」


「みみず」


「えっ」


「にわのうらでたくさんとれる。りょうていっぱい」


「えっ」


「みみずもどうぶつ? ちがう?」


「ミミズは、虫かなあ」


「みみずはむしじゃない」



 また別の幼稚園では、園長が園の特色を語る。


「当園では、身体を強くするために外でも裸足なんですよ」


 やはり、トモシビが即座に質問を入れる。


「なんではだし?」


「裸足だと、元気になれるんですよ」


「はだしはさむい」


「ずっと裸足だと慣れてくるんだよ」


「でも、えんちょうさん、くつはいてる」


「大人はいいんです」


「おとなもげんきがいいとおもう」


「そりゃあそうだけど……」


「なんではだしだとげんきになるの?」


「……奥さん、子供らしくない子ですね」


「こどもらしいってなに?」


「そういう屁理屈はおじさん苦手だなあ」


「へりくつ? りくつとどうちがう?」


「あー! もう帰ってください!」



 そういう感じで、トモシビは大人たちをバッサバッサと斬っていった。トモシビとしては純粋になぜを問うただけだが、大人にしてみれば生意気な挑戦と見えたらしい。


 そもそも、まともに答えられもしないことを『特色』にしているほうが問題なのだが、大人たちはトモシビのほうを問題児ととらえていた。


 結局、トモシビが選んだのは私立大学付属の幼稚園。特に目立った特色を謳っていないところだった。


 そこでは、子供たちは熱心に絵を描いたり、熱心に体操を習ったり、とにかくいまやっていることに熱中している姿を見ることができた。


 それがトモシビに響いたのかどうかはわからない。帰り際、あまり口数の多くない年配の教諭に、「ここがいい」と言ったのだった。


++++++++++

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