第八章 異界(2)行き場を失った神

の話、ね」


 リサは超越者を睨み付けた。


「ああ、そうとも。きみはあそこで、エグアリシアを討つことに失敗した。エグアリシアは、こちらの星辰界では最強の神ヴェイルーガとして神話や伝説に残る存在になった。……まあ、それはもういい」


「それで?」


「エグアリシアの討伐に送り出したのは六柱。だが、きみも知っての通り、『死の神』や僕が持ち場を離れるわけにはいかないだろう」


「そうね……。原初の戦いで『死の神』に敗れ、常に影に潜んでいるあなたはとくにね」


「そう言うなよ。『死の神』がいなければ僕は成立しない。同様に、僕がいなければこの世界は成立しない。持ちつ持たれつという結論さ」


「で、『死の神』とあなた以外にも、エグアリシアの掃討に向かわなかった者がいた。それは誰?」


「訊くまでもないだろう。きみは彼と、冥界で会っているのだから」


「……」


「『死の神』の息子、『予言の神』だ。彼はきみに――」


「あろうことか、冥界でわたしに求婚してきた」


 リサの表情は凍っている。一方で、超越者は仮面の下で笑っている。


「『予言の神』は知っていたのだろう。『裏切りの神』が創造するこちらの枝星辰界で、いずれ、きみのような魅力的な魂が誕生することを」


「……反吐へどが出るわ」


「まあそう言わないでくれよ。彼も面白いやつなんだ。この世の行方を知ることができる存在。……この僕に挑みかかるような能力の持ち主さ」


「何せあなたは、『時の神』だものね」


 超越者――『時の神』は面白げに笑う。それがどういった感情によるものなのかは、リサには読み取れない。


「まあ、僕の仕事は時を進めることと、すべての時をみつめることだけだ。だが、『予言の神』は違う。未来に起こることを知り、行動できる」


「行動……」


「行動は未来を変える。そうだろう? きみの権能である、『遠見』や『未来視』だって、彼がきみにした贈り物だったのだから」


「どおりでね」


「だが彼は、贈り物として下の下だということさえ解っていなかった。もちろん、時代によって贈り物は変わる。花であったり、墳墓であったり、金銀財宝であったり、自慢できる体験であったり……」


「それで、『遠見』と『未来視』ね」


「『予言の神』は、異界の神の権能を、結婚の申込代わりにきみに贈っていたのさ。ないよ。ありえない。実にセンスのないやつだ」


「確かにあれらの能力は、わたしの未来を変えてきた。でも――」


「でもきみは、冥界で彼の申込を断った」


 『時の神』の言葉に、リサはうなずく。


「ええ」


「実にきみらしい。そんなものではなびかないというわけだ。ますます、僕のところに欲しいね」


「それもお断り」


「それでいいのさ。僕はきみのファンだ。きみが生きている時間を読んでいる時間。それがたまらなく好きなのさ。でも彼は、無理矢理――」


「『予言の神』はわたしを無理矢理自分のものにしようとした。それで、わたしは応戦した」


「激戦だったようだね。冥界の時間は僕は半分くらいしか触れないから、見るのは難しかったけれど」


「『予言の神』のことを知っているなら、やつの右腕のことも知っているでしょう」


 リサは『時の神』にそう言った。彼は笑う。


「そうとも。『予言の神』の右腕こそが、彼のだ。彼は未来を知るだけではなく、その右腕で過去も未来も書き換えることができる。時を管理する僕にとって、至極迷惑なしろものだよ」


「『可能性の右腕』」


「そうだ。そう呼ばれる権能だ。『そうあれかし』と願って右腕を振るうだけで、過去も未来も『そう』なるという、実に下世話な権能」


「あれは本当に、使われては困る能力だった」


「いや実に、原星辰界の創造主――『死の神』の息子らしい汚い権能じゃないか。親も親なら子も子だ」


「だからわたしは――」


「きみは真っ先に、彼の右腕を切り落とした。……実に正しい判断だったとも」


「『遠見』と『未来視』のおかげだよ。一歩先んじることができた。右腕を振るわせる前に先制できたんだ」


「先に贈った、結婚の申込品があだになったわけだ」


「そう言われると悪い女みたいだけど……。わたしは、そんなものを受けた憶えはないから」


「そうとも。相手のことを知らず、勝手に贈り物をしたほうが悪い。人間は神々に勝手な捧げ物をするが、人間は不要な贈り物は好まない。まして、返礼を求められるのはね」


「そうだね」


「そのあたり、のきみもそうだろう?」


「……」


「この表現も、きみを怒らせるのか。難しいね。単なる事実だと思うけれども」


「単なる事実だとしても、わたしはそれを好まない」


「繊細だね。ますます気に入ったよ。……だからこそ、力ずくできみを自分のものにしようとした『予言の神』は失敗したわけだ」


「失敗、ね」


「そうとも。きみは激戦のすえ、冥界で果てた。やつは残念がっていたよ」


「……滑稽だね」


「そして、通常、死者が冥界を通り、死の門をくぐって魂の死を迎えるところを、きみの魂は死の門をくぐりそびれた」


「……」


「そうして長い時間を掛けて魂の傷を癒やしたところで、逢川リサとして生まれ直したのではないかな。


 それを聞いた瞬間、リサは天弓を左手に出現させ、空冥力の矢をつがえ、『時の神』に向けて引き絞る。


 リサは無言で威圧している。『時の神』は笑う。


「無駄だよ。まあ、無駄ながら、怒らせたのはわかった。さっきも言っただろう。僕はきみのファンだ。怒らせるのは、その、矢で射られるよりもこたえる」


「そう。……ならもういいでしょう。消えて」


「わかったよ。だが、また会うだろう。時の管理者たる僕が言うんだ。間違いはない」


 そう言い残し、『時の神』は闇に溶けて姿を消していく。


 リサは武器を下ろし、溜息をつく。


 彼女は悟った――そして覚悟を決めた。自分自身と向き合うことに。

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