第七章 神の国で愛に狂う(3)さだめは残酷
ミオヴォーナは一歩踏み出す。
「さあ、終わりにしよう、エグアリシア。罪を償おう」
一歩、一歩、一歩。少しずつ、ミオヴォーナは、片膝をついたエグアリシアに近づいていく。
罪を償うこと。それは死だ。エグアリシアは殺しすぎた。これをあがなえる方法はない。死を以て償う以外にない。
なんと哀れなのだろう。愛を求めただけの女だ。誰からも愛を与えてもらえなかった女だ。どうして死ななければならないのだろう。
さだめは残酷だ。
だが、エグアリシアの前にレムヴェリアが立ちはだかる。ミオヴォーナと同じ顔をした、白髪の女神だ。
「わたしのヴェイルーガ様を殺さないで!」
「レムヴェリア……」
エグアリシアはつぶやくように言った。神界でひとりぼっちでいることに耐えきれず、ミオヴォーナに似せて創造した女神。それがレムヴェリアだ。
そんなよこしまな思いでつくった彼女が、自分を護ってくれていることに、エグアリシアは罪悪感を覚える。自分は、それほどの価値さえないと思う。だというのに――。
ミオヴォーナは嘲笑う。
「は、わたしに似た女神をつくって……。ああそうか、ディンスロヴァだけでなく、アーミアフェルグの権能も奪ったのか。で、それで満足した?」
「満足なんか――」
「エグアリシア。あなたはフォス・ウィンたちと同じ過ちをした。誰かの生き写しをつくって、それに仕事を肩代わりさせていたんだ」
ミオヴォーナの挑発に、レムヴェリアが叫ぶ。
「違います! わたしは女神レムヴェリア。ヴェイルーガ=ディンスロヴァの妻! ねえ、そうでしょう、わが君。わたしがいつまでも一緒にいるではないですか――」
そう言って、身体にしがみつこうとするレムヴェリアを、エグアリシアは感情のままに振り払ってしまった。
「黙れッ!!」
それは想定外だった。エグアリシアのもつ攻撃力が、女神レムヴェリアの腕を、そして胴体を引き裂いたのだ。まさか、素手でここまでの力が出るとは思っていなかった。不幸にも、いまのいままで戦闘をしていたのが、力を高める原因になっていた。
「ヴェイルーガ、様……」
血しぶきをあげながら、レムヴェリアは後ろ向きに倒れていく。
慌てて、自分の怪我も忘れて、彼女を抱き止めるエグアリシア。だが、とっさに発した言葉を誤ってしまう。
「ミオ――、あ、いや、レ、レム……」
「ヴェイルーガ様、最後くらいは、せめて、わたしの、名前、を――」
そう言い残し、女神レムヴェリアは事切れた。最後の最後まで、エグアリシアはレムヴェリアをミオヴォーナの代わりとして扱ってしまった。
なんと罪深いことだろう。なんと哀れなのだろう。
ミオヴォーナは渋い顔をして言う。
「彼女はわたしじゃない。それに、あなたはヴェイルーガでもない」
ふらふらと、エグアリシアは立ち上がる。
「ミオ、もちろんそうだ。わたしはエグアリシア。そして、あなたは唯一無二のミオヴォーナ。……でも、わたしは必要ならばヴェイルーガになれる。なれるよう努力をします」
ミオヴォーナは短く否定する。
「……違う」
「ミオ、わたしを愛してください。せめて、わたしの愛を受けとってください」
「……ごめん」
ミオヴォーナは天弓『ヴィ=ロイオ』を構える。
一方のエグアリシアは終末剣を捨て、両手を広げて歩いてくる。
「さあ、愛を。愛はそこにある。たくさんある。ただ、誰も贈ってくれないだけ。誰も受け取ってくれないだけ。わたしには、こんなにも、世界じゅうに愛が見えているのに」
エグアリシアが一歩、二歩と進んでくるのに合わせて、ミオヴォーナは天弓を放つ。一射、二射。
直撃するごとに、神界じゅうに激震が走る。元来、ミオヴォーナの攻撃は直撃するとただでは済まないものだ。だが、無敵にほぼ近い防御力が、エグアリシアの無防備な身体を護っている。
エグアリシアは止まらない。
再び、ゼロ距離。
これで、終わり。
だが、ミオヴォーナはエグアリシアの肩から流れ出る、赤い血を見た。見てしまった。……見てはいけなかった。
「ミオ、愛して――」
「いや!」
ミオヴォーナがそう叫んだ瞬間、エグアリシアに掴み掛かられる。
そして、彼女は押し倒され、馬乗りになられ、首を絞められる。
「愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛してよ!」
それがいつまで続いただろう。
エグアリシアは、ミオヴォーナがすでに息絶えていたことに気づいた。
ミオヴォーナは最後の至近距離の一射を撃たず、天弓を手放していた。
エグアリシアは震えながら立ち上がる。目の前にはミオヴォーナの遺体。振り返ればレムヴェリアの遺体。どちらも愛したものの顔。
愛したものの、死に顔だった。
そして、この世のものとは思えない叫び声が上がる。
+ +
「なぜ、最後の一射を撃たなかったのかな」
幕間の世界で、リサはミオヴォーナに訊いた。
だが、ミオヴォーナは両手で両眼を押さえて号泣したままで、まともに答えられない。
「そんなのわからない。わからないよ……」
「……」
「でも一瞬、エグアリシアが血を流しているのが可哀相だと思ってしまった。そんな気がするんだよ……」
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