第七章 神の国で愛に狂う(2)望むままの関係
神界に転がる天使たちの遺骸。
その間を進む、ミオヴォーナ。
エグアリシアは歓喜とも狂気ともつかない笑みを浮かべている。
破壊の女神レムヴェリアは、エグアリシアのそばに侍っている。
ミオヴォーナは激戦続きで疲弊していた。姉のヴェイルーガにそっくりのエグアリシアが、自分にそっくりのレムヴェリアを侍らせている姿など、反吐が出る。
エグアリシアは嬉しそうな声をあげる。
「ああ、やっと来てくれた。ミオ」
ミオヴォーナは彼女の前にまで来ると、天弓を持ったまま、肩を落とし、脱力する。
「……いったい、どうしてこんなことになっちゃったのかな」
「心配はいらないよ。あなたにはわたしがいる。そして、わたしがいる限り、あなたにはすべてがある」
「なに? あなたがディンスロヴァになったから、そんなことを言っているの?」
しかし、エグアリシアはものすごい剣幕でそれを否定する。
「違う!! そんなものに価値はありはしない!」
「じゃあ、なに?」
「ミオ、わたしはあなたの戦友になれる。
わたしはあなたの姉になれる。
妹にだってなれる。
妻にだってなれる。
母にだってなれる。
夫にだってなれる。
娘にだってなれる。
わたしはあなたが望むままの関係になれる!」
「わたしの姉はヴェイルーガだけだ!」
「わたしがヴェイルーガだ!」
ふたりとも絶叫し、息が上がっていた。肩が大きく上下する。
ミオヴォーナはエグアリシアを睨み付ける。
「……決着を、つけようか」
エグアリシアは苦々しい表情をする。
「あなたが、それを望むなら」
エグアリシアにとって、それは避けたい結論だった。ミオヴォーナを失ってしまっては、彼女の世界は完全に終わってしまう。彼女の世界は、自分が泥の中から誕生したときに周囲にいたものがすべてなのだ。
そして、ミオヴォーナはその最後のひとり。
もうすでにエグアリシアは、戦いに勝っても負けても、負けている。
ミオヴォーナは天弓を手に、矢を連射していく。前ディンスロヴァ――黒いディンスロヴァですら屠った一射が、いまは連射可能になっている。
それをエグアリシアは走りながら回避していく。空冥力の盾を展開し、矢の方向をずらしながら。
地面を蹴り、エグアリシアはミオヴォーナの間合いの内側へと飛び込む。終末剣『ヴィエル=ドゥウイ』で矢を弾きつつ、入り込む。
きっちり間合いに入ったところで、エグアリシアは終末剣を振り下ろす。しかし、接近戦になるとミオヴォーナの『未来視』が使用可能になる。食らえば一撃で終わる終末剣をミオヴォーナは回避する。
そして、ミオヴォーナは後方へ飛び、あっという間に間合いをとってしまう。距離を取ってしまえば、弓での攻撃が有利だ。『遠見』が使える彼女にとってはなおさらだ。
ミオヴォーナは叫ぶ。
「攻撃力は互角! なんといっても、あなたはわたしの力を継承したんだから!」
終末剣で矢を弾きながら、エグアリシアも言い返す。
「だが、互角なのは攻撃力だけ! 身体の丈夫さは歴然とした差がある!」
ここでは、エグアリシアの言っていることが正しい。『破壊剣』ですら首が落とされなかったヴェイルーガの頑丈さを引き継いでいるのはエグアリシアのほうだ。対して、ミオヴォーナにはそんな丈夫さはない。せいぜい人間と変わらない。
「攻撃力が同じなら勝機はある!」
ミオヴォーナの連射は止まらない。
エグアリシアはそれを回避や防御してやりすごしていく。彼女には確信があった。おそらく、あれの直撃を受けても、ある程度ならヴェイルーガの能力によって無傷で済むと。
だが、それはできない。どうしてもできない。
エグアリシアは跳び上がって攻撃を回避する。矢ではなく強力な光線がミオヴォーナの天弓から放たれたからだ。
光線を地面を真っ直ぐに焼き、遥か先で爆煙を上げる。
容赦のない一撃だ。だが、エグアリシアにはわかる。これは殺すための一撃ではない。誘いの一撃だ。
どうした、追ってこないと、あのくらいの攻撃をいくらでも撃ってやるぞ、というわけだ。
誘われて乗らないという選択肢は、エグアリシアにはなかった。彼女は知恵で戦うタイプではない。生まれながらに誰よりも強い攻撃力を持っているがために、正面からぶつかる以外の戦い方があるとさえ知らない。
それゆえに、エグアリシアにとって、ミオヴォーナは確実にやりづらい相手だった。
間断なく続く矢の連射。隙を突いての光の束。接近攻撃はことごとく回避。
それに――。
エグアリシアは飛んでくる矢を防ぎながら、ミオヴォーナを追い回す。そして、恒星の炎を灯した終末剣を振りかぶり――振り下ろす。
「遅いよ」
ミオヴォーナは空冥力の盾を展開した。それは、『神護の盾』と彼女が呼んでいる能力。ヴェイルーガの権能の
『神護の盾』は終末剣の炎に耐えた――ように見えたが、徐々に亀裂が入っていく。ミオヴォーナでは、所詮、ヴェイルーガの頑強さは再現しきれない。
しかし――。
「ゼロ距離」
至近距離でミオヴォーナが放った天弓の一射が、エグアリシアの肩を貫通する。
驚き、距離を取ったエグアリシアだったが、肩が痛み、赤い血が流れているのを見て、膝をついた。
「ミオ……」
「戦っててわかった。エグアリシア、あなた、わたしを殺す気、ないでしょう。その終末剣だと一瞬でケリがつけられたはず。なのに、それをしない」
エグアリシアの弱点は完全に見破られていた。ミオヴォーナの存在こそが彼女の弱点。弱点と戦って勝てるものなどいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます