第七章 神の国で愛に狂う

第七章 神の国で愛に狂う(1)孤独な戦い

 エグアリシアがヴェイルーガ=ディンスロヴァを名乗り始めてから、世界はまた一変した。


 悪天候が続き、洪水が起こり、地震も頻発した。疫病が蔓延し、人間同士の争いも始まった。


 そんななかでも、大量の捧げ物を要求する女神がいた。


 女神レムヴェリアだ。


 後世の伝説にも最強の女神と名高い彼女は、生活苦の人々から供物を要求し、それが足りないと言ってはムラを滅ぼしていった。これではまるで、黒いディンスロヴァの再来だ。


 女神レムヴェリアが白い髪で赤い眼をしている以外は、ミオヴォーナと瓜二つというのが厄介でもあった。


 ミオヴォーナの姿を見た者は、レムヴェリアが来たと言って怖れた。


 ひどい仕打ちだ。


 だが、ミオヴォーナにはわかっている。彼女に対するこの仕打ちは、裏返すと、「早く来てほしい」というエグアリシアからのメッセージにすぎないのだから。



 だが、あくまでもミオヴォーナは人間の世界に残り続けた。次々と迫り来る敵を倒した。これは性分の問題だ。


 どんな神が襲いかかってきても、どんな天使が襲いかかってきても、ミオヴォーナは返り討ちにした。


「人間のムラは、ひとつだって滅ぼさせはしない!」


 だが、それは無理な話だった。


 たしかに、ミオヴォーナは強い。エグアリシア=ディンスロヴァを除けば、現在残っている神々で最強だろう。だが、その身体がひとつしかないという問題はどうにもならない。


 敵は多勢だ。人間界のあらゆる場所で、横暴を働き、人間たちを殺し、ムラを破壊し、畑を焼いている。


 そのすべてに同時に対処することは不可能だ。


 このときのミオヴォーナに必要だったのは、仲間だ。だが、もう仲間はいない。アーミアフェルグをはじめとした味方の神々は殺され、ディオロは行方不明の身となった。


 ひとりでの孤独な戦いが続く。


「早く来て」


「早く来て」


「早く来て」


 滅ぼされたムラを見ては、そんなメッセージを受け取った。


「早く来て」


「黙れッ!!」


 ミオヴォーナは焼き尽くされた村の中心で叫んだ。

 


 禁忌の魔獣七種も、すべて自分ひとりで倒した。


 海王タレア。これは海獣タレアが完全体になった姿だ。相手が使った技をそのまま憶えてしまうという問題児。ミオヴォーナはこれを、『遠見』と『未来視』を駆使して急所を割り出し、反撃の余地なく殺した。


 大獣人ハゾナム。巨人と獣人が合体したような怪物だ。禍々しい見た目に家屋を踏みつけていく巨体。数多のムラを破壊したというのもうなずける相手だ。だが、それは対人間の話であって、ミオヴォーナにとっては天弓の一撃で頭を撃ち抜いて終わった。


 白雨の悪魔マディリブム。白いヘビのような胴体をした、翼竜の一種だ。恐るべき速さで飛来しては、口から光の束を吐いてムラを焼いて飛び去って行く。厄介な相手ではあるが、洋上を飛んでいるところを『遠見』を使って天弓で撃ち落とすことで倒しきった。


 怪物ナルヴィレ。人間のような顔のついた、しかし六本脚の大きなバケモノだ。突然土中から現れて人を食うという、根源的な恐怖をばら撒いている。確かに不気味で、人間にとっては恐怖の対象だが、ミオヴォーナの天弓の前には敵ではなかった。


 多少、苦戦を強いられたのはこのあとの三体だ。


 大海竜サルディラーナ。陸を一周するほど長い胴体を持つという大水竜だ。空冥術や光線の類いも使うが、一度海から上がってくるだけで、人間をまとめて食べるくらいの巨大な頭を持っている。胴体も巨大で、陸で暴れれば容易に地形が変容する。だが、ミオヴォーナにとっては巨大な敵というのは狙い放題で、頭から尻尾まで、天弓を連射して破壊した。


 黒風の悪魔アドゥラリード。これはちょうどマディリブムを黒く塗り替えたような魔獣だった。だが、エグアリシア=ディンスロヴァの陣営によって改造された形跡があり、飛行速度も光線の威力も桁違いだ。光線は山をも砕くし、森を一瞬で火の海にする。『遠見』だけで矢を当てることは困難で、サルディラーナの巨体の頭から飛んでできるだけ近づき、『未来視』を活用することでうまく命中させた格好だ。


 魔竜カルディアヴァニアス。最大限に強化された状態だと、この世界で一番高い山よりもさらに巨大だった。走って山脈を破壊してまわり、口から光線を吐いて人間界の四分の一を焼き払った。サルディラーナと違い、天弓でどこを吹き飛ばしてもすぐに再生するのが曲者だ。最終的に、ミオヴォーナが概念として天も地も弓にすることで、力は拡散するものの巨大な矢の一撃を見舞い、一体まるごと消滅させることで戦いは終わった。


 

 人間に怖れられる女神レムヴェリアと、人間を必死に護るミオヴォーナ。このふたりが交互に現れることで、人々は一層、レムヴェリアを信仰した。


 女神レムヴェリアは、怒らせると怖いが、信仰すれば人間の味方をしてくれることもあるというわけだ。


 ミオヴォーナはもはや、自分がどう見られるかなどに頓着しなくなっていた。禁忌の魔獣はすべて倒しきったのだ。もはや人間界に留まる理由はない。


 神界に乗り込み、エグアリシアと決着を付けるのだ。


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