第六章 愛と後悔(2)殺戮

 次の場面では、ヴェイルーガがエグアリシアに話し掛けている。


 座り込んでいるエグアリシアは虚ろだった。だが、主人たるヴェイルーガの言葉を無視することはできない。


「エグアリシア、少し風に当たって落ち着いて話をしよう」


 ヴェイルーガの誘いに、エグアリシアは無言でうなずく。


+ +


 ふたりは宮殿を出て、その前の道を歩き、やがて草原へと入る。


 風が吹き、草花が波打つ。


 同じ顔をしたふたりが、向き合って立っている。


 リサはその様子を見ているだけだ。これは過去に起こったことで、干渉はできない。


 ヴェイルーガは諭すように言う。


「ミオから聞いたよ。ミオを怖がらせてはいけない。あなたはいい子だから、大丈夫。いい子にしていれば、これからも一緒に暮らしていけるから、ね?」


 これは要するに、これ以上ことを荒立てなければ、『泥』に戻されずに済むという意味合いだ。頼むからおとなしくしていてくれと。


 エグアリシアは、逡巡したのち、言葉を返す。


「ヴェイルーガ、では、わたしを愛してください。わたしに愛をください。ミオの代わりに」


「それは……」


「ヴェイルーガ、あなたには愛がある。フォス・ウィンに対する愛がある。ミオに対する愛がある。万民に対する愛がある。どうか、わたしを愛してください。わたしもその愛の輪に入れてください」


「だから――」


 ヴェイルーガはどう答えるつもりだったのだろう。だからできる、なのか、だからできない、なのか。


 いまとなっては、もう、わからない。



 事態を激化させてしまったのは、フォス・ウィンだ。


「エグアリシア」


 彼は『破壊剣』を手に、その場にやってき来た。力で到底叶わないことはわかっているのに。彼はエグアリシアを怖れているのだ。


「フォス・ウィン!」


 ヴェイルーガが叫んだ。だが、フォス・ウィンは武器を持ったままエグアリシアに近づく。


 エグアリシアは訴える。


「わたしは……。わたしは、あなたたちを護りました! あなたたちの代わりにディンスロヴァを討ちました! なのになぜ、わたしに剣を向けるのです!」


 フォス・ウィンは答えない。ヴェイルーガも答えない。


 これを見ているリサは悲しくなった。なぜ、彼らは、彼女らは愛の言葉を紡いでやらないのだろう。嘘でもいいから、愛していると言わないのだろう。


 エグアリシアの訴えは続く。


「なぜ、みんなで取り交わしているような、与え合っているような、愛を、わたしにくださらないのです! なぜ、わたしは愛からこぼれ落ちるのです?」


「なぜ、お前のような『完全無欠の存在』がそんなことを言う」


「わたしが『完全無欠』だからいけないのですか? ならば、そんなものなど要りません!」


「『完全無欠』が無用のものだと? 減らず口を」


「そんなものより愛をください!」


「俺たちには、お前のことなど理解できない」


「理解など! なくても愛することはできるでしょう? だってわたしは、みなさんのこと――」


 フォス・ウィンは吠える。


「このディンスロヴァを愚弄するか! 自分が強いのを鼻に掛けて! お前は道具にすぎないというのに!」


 その言葉に、エグアリシアは一瞬狼狽える。しかし、吠え返す。


「道具かどうかなど構いません! わたしはヴェイルーガです! わたしがあなたの妻でもよかったはずです!」


「違う!」


「わたしとヴェイルーガは、こんなにも同じなのに!」


「違うと言っているだろう!」


 フォス・ウィンは『破壊剣』でエグアリシアに斬り掛かる。武器がないいまが好機と思ったのかどうかは定かではない。


 リサの目には、これはフォス・ウィンの抱いている恐怖が起こした過ちだとしか見えなかった。なにせ、どう足掻いても、どんな攻撃も、不意打ちも、エグアリシアには無効なのだから。


 勝ち目のない戦いの火蓋を切って落としたのは、フォス・ウィンの失態だ。彼だって、恐怖に駆られていなければ、こんな愚かなことはしなかっただろうに。


 エグアリシアは『完全無欠の存在』だ。即座に右手に終末剣『ヴィエル=ドゥウイ』を召喚し、『破壊剣』を受け止める。 

 

 そして、草原の中で、二、三度、剣を打ち合って、ともに離れる。


 ふたりの戦いを見て、ヴェイルーガが叫ぶ。


「もうやめて! ねえ、落ち着こう、エグアリシア。いい子だから――」


 これは完全な悪手だ。フォス・ウィンが仕掛けた戦闘について、ヴェイルーガは、エグアリシアが始めたかのように言ってしまった。


 夫であるフォス・ウィンに対する愛が、彼を贔屓ひいきした面もあるのだろう。また、『完全無欠の存在』であるエグアリシアを押さえるのが先決だと考えた面もあるのだろう。


 だが、その態度は――エグアリシアを軽視していると取られてもおかしくない態度は、彼女を狂わせる最後のひと押しには充分すぎた。


「ひどい――」


 エグアリシアはうつむき、涙をこぼす。そして、終末剣に恒星の炎が宿る。


 ヴェイルーガも、フォス・ウィンも、後ずさりをする。


 エグアリシアは涙ながらに訴える。


「フォス・ウィンはわたしから主人、ヴェイルーガを奪いました。そして、ヴェイルーガはわたしから夫、フォス・ウィンを奪いました」


 フォス・ウィンはつぶやく。


「やはりこいつ、壊れて――」


「どうしてふたりとも、わたしから愛を奪うの!」


 エグアリシアの周囲から炎が、炎の竜巻が巻き起こった。一瞬にして草原が恒星の表面のような炎の海に様変わりする。


 そこからは虐殺だった。


 これを見せられているリサは、次の場面に移るまで、見届けなければならない。あまりにも残酷な光景を。


 この殺戮が一等残酷なのは、一撃一撃の破壊力もさることながら、一撃一撃に愛と後悔がふんだんに込められていたからだろう。


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