第五章 ともし火(2)あなたをずっと騙していた

 次の場面は、夜の浜辺だった。


 リサはミオヴォーナとともに木に登り、枝に腰掛け、砂浜の様子を見ている。


 砂浜では、星空のもと、闇黒の海の縁でふたりきりの会話をするヴェイルーガとフォス・ウィンの姿があった。


「ふたりは、このときにはもう、恋仲になっていたんだよ」


 ミオヴォーナはそう、リサに教えてくれる。だからふたりはこうして、ヴェイルーガたちの邪魔をしないように隠れているのだ。


 ミオヴォーナは言葉を続ける。


「そして、わたしたちの役割はもう終わったんだ。エグアリシアがいるからね。彼女が、わたしとヴェイルーガの分まで戦える」


 リサは、彼女の言う通りなのだろうと思った。文字通り、エグアリシアはヴェイルーガとミオヴォーナのいいとこ取りだ。上位互換だ。正直、黒いディンスロヴァがエグアリシアに勝てる要素を見いだせない。


 場面は飛んだが、リサにはわかる。


「いよいよ明日は――」


「うん。明日。神界レイエルスに進撃するんだよ。エグアリシア、フォス・ウィン、ディオロの三人で。わたしとヴェイルーガはとくに何もしなくていい」


 リサは頭を掻く。


「……それはそうなんだろうけどさ。それよりも、わたしたちがここにいて大丈夫? 姿を隠しているとはいえ、ヴェイルーガとフォスが気づかないとは思えないよ」


 ミオヴォーナはくすくすと笑う。


「そんなの、あのふたりが気づいてないはずないじゃない。でも、邪魔さえしなければいいの。それで構わないんだから」


 そんなものかと、リサは思う。いまやヴェイルーガだって卓越した戦士だ。この距離の物事を察知できないわけがない。だが、有事の際に仲間が助けに入る必要だって知っている。その絶妙な距離感が、この離れた木の上なのだ。


 だが、そんなところへ、エグアリシアがやってくる。彼女は木の下まで来ると、上にいるミオヴォーナとリサに問いかける。


「ふたりとも! なにをしているのです?」


 声が大きい。


 ミオヴォーナが小声で返事をする。


「しー。静かに。あのふたりはいま、ふたりきりで愛を語らっているんだよ」


 だが、エグアリシアの声の大きさは変わらない。


「ふたりだけではないではないですか。わたしたち三人もここに――」


「しーっ!」


 リサとミオヴォーナに制止され、ようやく大声を出すのをやめるエグアリシア。彼女は木の幹にもたれ掛かって、海を眺めていた。


 闇黒の海の水面に月明かりが反射し、ヴェイルーガとフォス・ウィンの笑顔がキラキラとしている。


 エグアリシアはつぶやく。


「愛? 愛とはなんです?」


+ +


 リサは墜ちていく夢を見た。


 星空を墜ちていく。


 カツ、カツ、カツ、カツ――。


 時間を踏み越えていく感覚がする。


 全身が震える。時を一単位超えるたびに――。



 閃く武器を察知し、リサはそれを光の槍で弾く。そして着地する。


 目の前にいるものを見て、リサは驚いた。


 ウェーブの掛かった薄茶色の髪。学生服にダッフルコート。マフラーで口元を隠したあの頃の姿。


 暗闇の中にいたのは、高校生のころの自分自身だった。


 光の槍をひるがえし、過去のリサは、いまのリサに容赦なく刃を向ける。



 打ち合い、打ち合い、打ち合い、打ち合い、打ち合い――。


 いったい、ここはどこだろう。


 真っ暗闇の星の海の中で、舞台が用意され、二人だけがスポットライトを浴びているかのよう。

 

 命を奪う道具を打ち合わせては跳びすさり、回転し、またステップを踏む。


 両者の髪とマフラーが動きに合わせて踊る。


 いち、に、さん。


 いち、に、さん。


 悪を討とうとする過去の自分の瞳に射貫かれ、リサはいまの自分の目から熱い涙がこみ上げてくるのを感じる。


「ああ――」


 感情に喉が締め付けられ、声にならない。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 わたしは、あなたをずっと騙していた。ごめんなさい――。



 また場面が移り変わる。


 星の海の中で、リサが対峙しているのは『アクジキ』に変わった。


 十年前、日本列島そのものを食べ尽くし、惑星アーケモスに国ごと移転させた巨大生物――『宇宙ナマズ』、『星の悪魔ミンソレスオー』。


 それがいま、リサを丸呑みにしようと迫ってくる。


 リサは光の槍を構える。


「本当は――」


 本当は、これをどうにかしなければならないのは、わたしだったのだから。


+ +

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