第五章 ともし火

第五章 ともし火(1)世界の明るい未来を灯す

 次の場面では、リサは、フォス・ウィンの神殿にいた。


 リサの周りには、ミオヴォーナ、ヴェイルーガ、フォス・ウィンの三人がいて、彼女らに囲まれている格好だ。周囲は暗く、四人だけが光に照らされている。


 これは幕間だ。


 この時間を通じて、彼らはリサに出来事を伝えようとしてくれている。


 まず、ミオヴォーナが口を開く。


「すべての攻撃が通じないはずのディンスロヴァに、わたしの攻撃だけは通じることがわかった」


 リサは答える。


「そうだったね。天弓での攻撃で、いとも簡単に……」


「そこから、戦術は大きく変わった。ヴェイルーガが守備を、わたしが攻撃を担当するようになった。フォス・ウィンたちは遊撃とでも言えばいいのかな」


 ミオヴォーナの説明は納得できた。当然だ。ヴェイルーガは黒いディンスロヴァの攻撃で一切傷つかないタイプの『完全無欠の人間』。そして、ミオヴォーナはあらゆるものを破壊できるタイプの『完全無欠の人間』だ。そういう布陣になるのは理解できる。


 ついこの間まで、ミオヴォーナが戦力外と勘違いされて、まったく戦いに参加していなかったとしても。この急なポジション変更は合理的だ。


 次に、ヴェイルーガが話す。


「ディンスロヴァはまた行方をくらませ、今度は禁忌の魔獣をつくり出し始めた。体裁など考えなくなったんだ」


「禁忌の魔獣……?」


「黒風の悪魔アドゥラリード、魔竜カルディアヴァニアス、大海竜サルディラーナ、海王タレア、怪物ナルヴィレ、大獣人ハゾナム、白雨の悪魔マディリブム……」


 そのうち、カルディアヴァニアスとタレアは、リサにも憶えがあった。どちらもリサが倒したことがある、規格外の魔獣だ。


「でも、そんなことをしても、ミオヴォーナなら――」


「ディンスロヴァは、これらの禁忌の魔獣に人里を破壊させ始めたんだ。。わたしたちが戦っている間は人々が平穏に暮らせるという、当初の約束はなかったことになったんだ」


 あまりにもひどい話だ。最初は、自分が絶対に勝つゲームを仕掛けて、必死に足掻く人間たちを見下ろして楽しんでいたのだろう。だが、状況が一変すると余裕を失い、醜態をさらす。


 そして、フォス・ウィンが述べる。


「俺たち神とて、すべての責任を人間に押しつけたくはなかったんだ。だが、この状況を打開できるのはミオヴォーナだけだ。俺たち神々がこの姉妹を護るという状況は、とうに終わっていたのだ」


+ +


 ヴェイルーガとミオヴォーナが何体かの禁忌の魔獣を倒したころ、再び一同は『神代の兵器庫』へ集められた。


 神の中の知恵者、女神アーミアフェルグが『兵器庫』の最奥であるものを発見したのだ。


 それは、『原初の泥』。


 『泥』は二箱に分けて入っており、それをアーミアフェルグが持っている。彼女は仲間たちに説明する。


「この『原初の泥』も、ご多分に漏れず異界から持ち込まれたもので、ありとあらゆるものの形を取ることができる。しかも、その形をとったものの能力を継承する」


 聡いフォス・ウィンは、アーミアフェルグの言いたいことを推測する。


「……ということは、『泥』の片方をヴェイルーガの複製に、もう片方をミオヴォーナの複製にすれば、戦力は倍加するということか」


 だが、アーミアフェルグは首を横に振る。


「違う違う。わたしたちの唯一の弱点は、最強の攻撃力をもつミオヴォーナが、ヴェイルーガのような不死身ではないことだ。だから、ひとつの『泥』にふたりの能力を継承させるんだ」


 想定外の――画期的な策だった。リサは驚いた。その手があったのかと。彼女が周囲を見てみれば、ヴェイルーガもミオヴォーナも、もちろん神々も驚愕の表情を浮かべていた。


 もしそんなことが可能ならば、究極の戦士ができあがるだろう。黒いディンスロヴァにさえ攻撃ができ、かつ、あらゆる攻撃を受け付けないのだから。



 アーミアフェルグは『原初の泥』の二箱のうち、片方を開ける。確かに、中に入っているのは泥だ。彼女に促されるまま、ヴェイルーガは髪の毛の数本を、そしてミオヴォーナは血の数滴を『原初の泥』に与えた。


 すると『泥』は人の形となり、やがて、ヴェイルーガの姿となった。


 『泥』――いや、彼女は、一糸まとわぬ姿だったが、すぐに自分の本体であるヴェイルーガを主人と認識し、彼女の前にひざまずく。


 試みは成功したのだ。ミオヴォーナの力を持つ、ヴェイルーガの複製体。彼女がいれば、勝算は確実に上がるだろう。それは明白だ。


 ふと、リサが気づくと、彼女の足下に『原初の泥』がまとわりついていた。いや、付き従っているようにさえ見える。リサが確認すると、アーミアフェルグが開けなかったほうの『原初の泥』の箱のふたが勝手に開いている。


「え……。ちょっと、どうしよう」


 リサがそう言ったが、ミオヴォーナがこっそりと答えてくれる。


「わたしたちの歴史では、『原初の泥』のもうひとつを紛失したことになっているの。だから、それはリサが持っておくべきものだよ」


 リサはこの足下の『原初の泥』をどうしようかと思案していたが、『泥』のほうがうまい方法を見つけてくれたらしい。『泥』はリサの右脚に巻き付くと、おとなしくなった。



 ヴェイルーガの複製体には、『兵器庫』にある限りの衣服と武装が与えられた。その中でもひときわ異彩を放つのが、終末剣『ヴィエル=ドゥウイ』だった。ヴェイルーガやミオヴォーナが選びとった天剣や天弓とはまるで種類が異なるものだ。

 

 この世を終わらせる意味をもつ終末剣。実際にこの世が終わったことなどないから、その名称は大袈裟なものに違いなかった。


 だが――。


「このときに、気づけばよかったのにね」


 ミオヴォーナは悲しそうに、リサにそう語った。


 ヴェイルーガの複製体には名前が与えられた。エグアリシア――ともし火という意味である。


 世界の明るい未来を灯すよう、願いを込めて付けられた名だ。


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