第四章 誤算(3)天弓

 激闘が始まった。


 どんな攻撃も通さないヴェイルーガが先陣を切り、彼女の動きを活用しながら、フォス・ウィンが『破壊剣』で、ディオロが『破壊大剣』で、黒いディンスロヴァに襲いかかる。


 フォス・ウィンの強打に合わせ、黒いディンスロヴァがよろめく。だが、味方なら誰もが知っている。この世のあらゆる攻撃は、ディンスロヴァに通らないように創造されている。


 だから、この黒いディンスロヴァが『破壊剣』を受けて跳ね飛ばされたりしているのも、すべてだ。


 それゆえ、最初の鍵はヴェイルーガになる。


 黒いディンスロヴァとヴェイルーガの組み合わせは、『どんな攻撃も通らない』者同士だ。このふたりでどれだけ殴り合うかが重要だ。それを神造兵器で行うのだから狂気の沙汰だ。


 そういう意味では、むしろ、同じく前線を張っているフォス・ウィンやディオロのほうが身を危険に晒している。しかし、いまは黒いディンスロヴァに一切の攻撃が通じないことにをしなければならない。


 封印陣の完成まであと二十秒。


 黒いディンスロヴァとヴェイルーガで、常軌を逸した殴り合いを展開していてこそ、後衛担当のアーミアフェルグたちの存在感が消えてくれる。彼女らが封印陣を設置し終わるまでの時間稼ぎが必要だ。


 封印陣の完成まであと十秒。


 フォス・ウィンの一撃が黒いディンスロヴァの脳天に直撃する。それを受け、黒いディンスロヴァがよろめいた――瞬間。


 黒いディンスロヴァは封印陣を用意しているアーミアフェルグたちのほうへと走り出した。


 ヴェイルーガたちはもともとそこへ黒いディンスロヴァを追い込む予定だったのだ。すでに距離は近い。


「余が気づかぬとでも思ったか」


 黒いディンスロヴァは『破壊剣』の一撃でソマーズを粉砕し、その骸を塔から投げ捨てた。そしてすかさず、サレリナスまでも『破壊剣』で肉片に変えてしまう。


 封印陣の前に残ったのは、アーミアフェルグだけだ。

 

 封印陣をつくれるのは彼女だけ。黒いディンスロヴァにすべての攻撃が通じない以上、起死回生の一手が打てるのは彼女だけなのだ。なんとしてでも、守り抜かなければならない。


 ヴェイルーガは天剣『ヴィダン』を閃かせ、黒いディンスロヴァの横手から襲いかかり、彼の首を刎ねようとする。だが、天剣は彼の首で止まる。


 いつぞや、黒いディンスロヴァがヴェイルーガの首を落とそうとして落ちなかったときとまるで同じだ。


 代わりに、黒いディンスロヴァの反撃が飛んでくる。『破壊剣』が振るわれ、攻撃直後のヴェイルーガの無防備な胴に叩き込まれる。それで傷を負ったりはしないが、彼女は跳ね飛ばされ、床の上に倒れる。


「なんだ、この程度か。もう少し楽しめると思ったのだがな」

 

 黒いディンスロヴァの声がした。まるで、もう対局で勝ったかのような、満足感とつまらなさが同居する声。


 ヴェイルーガはすぐに立ち上がる。だが、もはや距離が遠い。アーミアフェルグが殺されるまで、あのわずかの時間しかない。



「――このときは無我夢中で、まさかこれが通るなんて思ってなかったんだ」


 それは、ミオヴォーナがリサに言った言葉だった。


 リサは隣に立っているミオヴォーナを見た。彼女は必死の形相で、弓を引き絞っている。空冥力を全開にして。矢の先が輝いている。


 ミオヴォーナは叫んでいた。


 『遠見』そして、『一撃必中』の能力。


 放たれたミオヴォーナの矢は黒いディンスロヴァの胸に直撃し、そこから彼の肩を爆発的な威力でえぐった。


 あまりに軽いものかと錯覚するほど、黒いディンスロヴァの身体は簡単に宙に打ち上げられた。黄色い血が噴き出す。威力はさらに増大し、塔の屋上の床をえぐり、さらに黒いディンスロヴァの背後の上空で三回の衝撃波爆発を起こした。


 これが、『姉の士気を揚げるためだけに』随伴した妹、ミオヴォーナの初の攻撃だった。もちろん、生き残った一同は呆けている。


 一切、攻撃の通らないはずの黒いディンスロヴァに、大打撃を与えている。


 塔の下に落下した黒いディンスロヴァを確認するため、一同、塔の屋上の端まで走った。


 地面の上では黒いディンスロヴァが痛みにのたうち回っているが、しばらくすると、身体が再生し始める。だが、再生しきるより前に、彼は立ち上がり、『破壊剣』で塔の下半分を吹き飛ばす。


 塔は斜めに崩れ、一同、黒いディンスロヴァのいる場所へと落下する。


「いまだ!」


 リサがそう言ったときには、ミオヴォーナはすでに弓を引き絞っていた。落下中だというのに。


 雨のように降る光の矢に撃たれる黒いディンスロヴァ。


 リサは『神護の盾』を展開して着地し、ミオヴォーナはヴェイルーガに抱きかかえられて着地した。ほかの神々はうまく着地衝撃を緩和するすべがあるらしく無事だった。


「貴様――ッ!」


 ぐずぐずに潰れた身体で、ミオヴォーナに襲いかかる黒いディンスロヴァ。ミオヴォーナはその攻撃を空冥力の盾で防いだが、盾を割られ、衝撃の余波で軽い怪我を負う。


 そこへ、ヴェイルーガが割り込み、黒いディンスロヴァをミオヴォーナから遠ざける。


 震える指先で、黒いディンスロヴァはミオヴォーナを指さす。


「そうか、お前たち姉妹。『完全無欠の人間』。姉だけが成功したのかと思っていたが、妹の方はこのような形で完成していたとはな――」


 そんなことを言う黒いディンスロヴァに向けて、ミオヴォーナは再び弓を引き絞る。


 さすがにこれ以上耐えられないと思ったのか、黒いディンスロヴァは逃げ去った。『われのほかに絶対者なしディンスロヴァ』を名乗る者として、これ以上ないほどの無様さだった。



 こうして、ヴェイルーガ、ミオヴォーナの姉妹は、人の子でありながら絶対者の手が入った『完全無欠の人間』であることが判明したのだ。


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