第四章 誤算(2)天を衝く塔

 リサは次の場面にいた。


 ヴェイルーガたちの新たな本拠地――黒耀こくようの城塞だ。


 ヴェイルーガはすでに精悍な面構えになっていて、ここまでに幾度となく戦闘を経験してきたことが窺い知れる。


「ディンスロヴァの出してくる魔獣を何度となく討ち取ったんだよ」


 ミオヴォーナはそんなふうに、リサに教えてくれた。


 場面は飛んだが、リサにもその記憶がある気がする。ヴェイルーガの天剣とフォス・ウィンの『破壊剣』。ふたりのコンビネーションが息ぴったりなのだ。


 まだ威力という点ではフォス・ウィンが勝っているが、ここぞというときに負傷を顧みずに飛び込んでいけるヴェイルーガは圧倒的に強い。さすがに、黒いディンスロヴァの『破壊剣』を受けて首を落とされなかっただけの耐久力がある。



 そうやって破竹の勢いで敵を倒していくと、黒いディンスロヴァの側から寝返ってくる神も現れた。


 今回は、ソマーズという神と、サレリナスという神だ。彼らは以前から黒いディンスロヴァの乱心は許しがたく、機会があればこちらの味方をしたかったのだと言っている。


「……調子のいいやつら」


 リサが愚痴を言うと、ミオヴォーナは笑う。


「でしょう? ヴェイルーガがあそこまで有利な戦いを展開しなかったら、彼らは転向しなかったと思う。現に、この時点のヴェイルーガは、あのふたりに勝てていたと思うから」


 確かにそうなのだろうと、リサは思う。ソマーズとサレリナスがいかに神とはいえ、ヴェイルーガはどれほどの攻撃も無傷で済ませる天剣使いの女だ。ただの人間だと思って侮れるレベルはとうに超えている。


 城塞の奥から、ひとりの女が歩いてくる。彼女も女神のひとりで、いち早くヴェイルーガの側に寝返った者だ。


 女神アーミアフェルグ。女神という響きからは印象が遠く離れているが、彼女は知略家だ。


「ソマーズにサレリナス。いまさらなの? 決戦の日は近いんだから、最後までディンスロヴァに肩入れすればいいのに」


 リサの言いたいことは、どうやら当時、アーミアフェルグが言ってくれていたらしい。


 ソマーズやサレリナスは抗弁しようとしたが、フォス・ウィンがそれを制し、アーミアフェルグに話を続けさせる。


「アーミアフェルグ。ここへ出てきたということは、調べはついたのか」


「ええ、ついたついた。もう最悪。この世界のあらゆるものの攻撃はディンスロヴァに通用しない」


「なんだって?」


「ディンスロヴァは、この世のあらゆる生命を――神々を含めて、自分にとって無害なものとして創造した。これは揺るがない事実」


 これは、話を追体験しているリサでさえ、あんまりだと思った。これでは勝負にならない。最初から自分の絶対的勝利を確信したうえで、ディンスロヴァは挑んできたということだ。


 フォス・ウィンは腕を組み、自嘲気味に笑う。


「さあ、ソマーズ、サレリナス。ディンスロヴァのもとに帰りたくなったか?」


「いや……」「それは……」


 それを見ているリサは頬を掻く。フォス・ウィンも酷なことを言う。寝返ってきたばかりの相手に、そういう選択を迫るのはどうだろう。ふたりはもうすでに動揺しているではないか。


 しかし、ヴェイルーガは落ち着いている。


「アーミアフェルグ。そこまで調べがついたということは、同時に策も見いだせたということだろうか」


 アーミアフェルグはニヤリと笑う。


「さすが、ヴェイルーガ。察しがいいわね。相手が戦いのルールをまるごと変えてきたんだもの、こちらも全部変えてやるのよ。封印の陣を敷き、ディンスロヴァを封印してしまうのよ」


「なるほど、倒せなくてもいいのか。封印して閉じ込めて、この世から切り離してしまう……ということか」


「ご明察。で、ちょうどいいから、封印陣の設置はソマーズとサレリナスに手伝ってもらうよ」


 アーミアフェルグがふたりを指名すると、不満の声が上がる。


「なっ」「どうしてわれわれが」


「なに? 前線でディンスロヴァと戦うのは、フォス・ウィン、ディオロ、ヴェイルーガの三人なんだけど、交代したいって?」


「いや……」「前線と交代するのは……」


 どこまでも頼りのないふたりの神だ。だが、いまのリサにはわかる。手が足りないこういうときこそ、こういう者たちをどう動かすかが肝なのだ。


 決戦の刻は近い。黒いディンスロヴァとの直接対決は間近だ。


++++++++++


 黒いディンスロヴァが待ち構えるのは、天を衝く塔マトライア。


 数多の魔獣や天使を撃破し、ヴェイルーガたちは階段を上って行く。


 最上階の開けた場所まで出ると、星空に照らし出された黒いディンスロヴァがひとりで待っていた。


「よくぞ来た人間よ。そして、余に刃向かいし卑しき神々よ」


 リサはまるで演劇だと思った。この時代、この世界に、演劇なんてものがあるかどうかはわからない。だが、この黒いディンスロヴァは、ヴェイルーガたちと世界の命運を懸けた戦いを演出することで悦に入っている。


 前衛は、ヴェイルーガ、フォス・ウィン、そしてディオロだ。彼らは高い攻撃力を持っている。さらに、ヴェイルーガに至っては、人間の身でありながら、一切の攻撃を通さないという身体を持っている。


 後衛は、アーミアフェルグ、ソマーズ、そしてサレリナス。表向き、アーミアフェルグはここまでは前衛の支援――攻撃の底上げなどを担当してきた。だから、今回もそのフリをしている。


 いずれにも属さず、離れて状況を見守っているのが、ミオヴォーナだ。持っている天弓はあくまでも護身用。戦闘要員ではないが、そこにいるだけでヴェイルーガが安心して戦える。


 いま、ミオヴォーナはリサの隣に立っている。これが実際に行われた当時、彼女はひとりだったのだろう。だが、いま、この状況を追体験しているリサがそこにいることで、まるでそこに観客がふたりいるかのようだ。


 黒いディンスロヴァは芝居がかった台詞を吐く。


「さあ、掛かってこい! 世界は果たして、どちらの手にあるのだろうな!」


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