第二章 旧き神の神殿

第二章 旧き神の神殿(1)神官の街

 リサは小型の星辰艦を借り、星芒具を装着した左手でコンソールをカチカチと叩いていく。


 あらゆる機能が起動していく。艦外モニター、各種計器、主機関、次元跳躍ユニット、……。


 リサの星辰艦はあとふたり程度は座ることができるし、各自の個室も用意されている。だが、彼女はひとりで飛び立とうとしている。


 そんなときに、戦況を知らせる報道が流れる。


『銀河連合主要基地、オラド=カドリ陥落。星辰同盟はさらに一歩、星辰同盟の中心惑星世界「地球テラ」へと近づきました』


 思った通りだ。戦況は明らかに、星辰同盟に有利に進んでいる。とくに、オラド=カドリは銀河連合の主要な要塞惑星だ。それを堕としたというのはかなりの打撃になるに違いない。


 戦争終結はそう遠くない。


 リサは、ヴェーラ星辰軍に残って戦い続ける必要など、もうないと理解していた。


 それならば、自分のするべきことをするだけだ。


++++++++++


 数日掛けてリサが辿り着いたのは、アーケモス惑星世界の衛星『デア』だ。


 ここに何かあるということは、直観が訴えかけていた。そもそも、アーケモス惑星世界にいたときは、リサの能力は月の満ち欠けと連動していた。


 魔族たちも、当初、魔族古真正教の再興のために、旧いディンスロヴァに至る鍵がアーケモス惑星世界にあると信じていた。だが、もし、その判断が、アーケモス惑星世界そのものではなかったとしたら。


 リサの直観が示すように、惑星アーケモスのの方に、旧い神がいるとしたら――。


 

 リサは小型星辰艦で衛星『デア』の周囲を飛んでみた。しかし、地球の月のように、クレーターだらけで、なにも見当たらない。


 だが、せっかくここまで来たのだ。リサは与圧服が近くにあることを確認すると、下りてみることにした。


++++++++++


 リサは『デア』に向けて高度を下げただけだった。しかし、自分がどこかの街にいることに気がついた。


 『天のきざはし』か。


 リサはに気がついた。かつて、神界レイエルスに侵入したときと同じだ。大気圏外からは真っ白い球体にしか見えなかった惑星に星辰艦で下りようとすると、『天のきざはし』によって、地上に下ろされたのだ。実際の神界レイエルスの地上は、神殿で覆われていた。


 そのときと状況が似ている。外から見ると生命のない衛星にしか見えないが、着陸しようとすると『天のきざはし』によって、正しい場所に下ろされる。そういう仕組みなのだ。


 一点、神界レイエルスと異なるのは、ここは紛れもなく人間の街だということだ。木造の平屋が建ち並び、人々が行き交っている。


 衣服は巻き布式で、帯を締めて固定するものが主流のようだ。どことなく、日本の着物を思い出す。


 リサが見下ろすと、そこには少女が立っていた。彼女はまじまじとリサを見つめている。きっと、ヴェーラ軍の真っ赤な礼装が珍しいのだろう。


 リサは少女に、尋ねてみることにする。


「あの、ここは何という街ですか?」


「外からいらっしゃったのですか!?」


 質問をしたのに質問が返ってきてしまった。これでは困ってしまうが、リサは肯定しておくことにする。それに間違いはないからだ。


「ええ、外から来たんです」


 すると少女は目を輝かせ、大きな声で叫びながら、通りを走っていった。


「お帰りだ! お帰りだ! われらのあるじのお帰りだ!」


 少女が大声で掛けて行くにつれ、人々の視線が自分の方を向く。リサはなんだか居心地が悪いと思った。だが、不気味なそれではない。背中がむず痒くなるようなそれだ。


 しばらくして、少女が青年を連れてくる。その道すがらも、少女はお帰りだお帰りだと騒いでいる。なんと賑やかな子だろう。


 連れてこられた青年は、穏やかな物腰の、青い着物の人物だった。彼はお辞儀をする。


「ようこそいらっしゃいました、オクツキへ。私たちは、あなた様をお待ちしていたのです」


「ええと、わたしはリサです。あなたは?」


「私はイツキと申します。このオクツキのカンナギ――神官でございます。あなた様をご案内いたします」


 神官カンナギと名乗る割には、イツキの服装は周囲の人々と代わり映えしなかった。宗教的モチーフのようなものも持っていないし、派手な衣装を着ているわけでもない。


 イツキに誘われるまま、リサは歩いた。不思議なことに、さきほどの第一遭遇者である少女までもがついて来ている。


「あの、この子もついて来て大丈夫なんですか?」


 リサがそう問うと、イツキは笑う。


「無論です。このオクツキでは、神を迎え、案内することは誰でもできることです。誰もがカンナギなのです。そして、この子は――」


「わたしはミソギ!」


 少女は元気にそう自己紹介した。リサはその勢いに、少々気圧される。まさか不毛の衛星に来て、こんな賑やかなあいさつをされるとは思いもよらなかったからだ。


「ど、どうも……」


 調子が狂う。いったい、ここは何なのだろう。

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