第一章 三五〇二(2)いま何をすべきか

 星辰界うちゅうに関するノナの説明が続く。


「銀河連合は平和主権領と同盟を組んで、こちらの星辰同盟に対して牽制を行っています。どうやら、こちらから見て銀河連合の向こう側にある大クスケ君主国とも繋がろうとしているようですが、さして反応がないといった状況のようです」


 リサは考えてみる。大きな国家同士の戦いといえば、歴史の教科書で習った第二次大戦が思い出せる。そのあとの冷戦では、大規模な戦闘を避けつつ、第三国に代理戦争をさせた、別の意味で悲惨なものだった。だが、基本原則は、『二大巨頭のどちらの味方につくか』だ。


 味方を増やして回ろうと画策しているという話は、『地球』の末裔として正しいものである気がする。


「なるほど。ほかにマクロな動きは?」


「大所は、星辰同盟とも銀河連合とも版図を接している知性集合体ですね。ここの民族はすごいですよ。百億を超える国民すべてをにしてしまって、単一の生命に変えてしまったんです」


「うっぷ」


 リサは口に含んだばかりの葡萄酒ワインを吹き出しそうになった。それではまるで六十年代のサイエンス・フィクションの世界の話ではないか。


「銀河連合はこの知性集合体とも対話をしようとしています。ですが、依然として色よい回答はないのか。こちらも動きはなしです」


「まあ、それならいいか。そんなおっかないのを相手にしたくはないかな」


 それはいろんな意味でおっかない存在だ。


 ノナは気にせず、星辰界情勢のことを話し続ける。


「ほかはゴスプ協商ですね。この陣営は便利ですが、信用するに足りません。いまは星辰同盟に兵器を売ってくれていますが、同時に、銀河連合にも売っている悪徳商人です」


「どっちの味方というわけでもないんだね」


「そうです。星辰同盟と銀河連合の戦争で儲けようという、ずる賢いやつです!」


 ノナは怒っていた。


 だが、戦争とは往々にしてそういうものだ。戦争自体から利益を引き出せるかどうかは賭けだ。勝つこともあるし、負けることもある。たとえ勝ったとしても、疲弊しきっていて利益がないなんてことも珍しくない。


 そんななかで、戦争をしている陣営にものを売って儲けるというのは最良の手だ。そのためには、版図拡大こそが正しいという妄執を振り払う必要があるが、それができないことは多い。


 要は、どの陣営も様子見なのだ。星辰の覇者が星辰同盟になるのか、それとも、銀河連合になるのか。それを見守っているのだ。


 彼らが動くのは、結果が見えてからなのだろう。


「なるほどね。全体像が見えてきた。ありが――」


 リサが礼を言おうとしたところで、ノナがさえぎる。


「まだあるんです」

 

「まだって?」


「わたしが一番気になっている国、ガリアッツです」


「ガリ、アッツ……?」


「ガリアッツに関しては完全な鎖国状態。星辰同盟と版図を接しているにもかかわらずです。貿易もなし。おかしいなと思って書庫を調べに行っても情報なし。政府中央書庫まで行って、ようやく出てきたんです」


「出てきたって、なにが?」


「ガリアッツはかつて、単独で星辰の覇者だったんです。星辰同盟の版図も、銀河連合の版図も、その他の陣営の版図も、すべてガリアッツのものだった」


「はあ? そんなことが……」


「なのに二万年前に、突然、ガリアッツは気力を失ったかのように版図を縮めたんです。いまやガリアッツは、ガリアッツ惑星世界にのみ閉じています。おかしいと思いませんか?」


「……おかしい。たしかに。でも」


 リサは思い浮かべてしまった。惑星アーケモスに日本とともに移転してきたはずなのに、完全鎖国状態で内情が知れない国、ファゾス共和国を。あの国は、科学力も空冥術文明も、日本やオーリア帝国を上回っていたはずだ。

 

 ファゾス共和国とガリアッツは、どこか似ている。


 ふう、と息を吐くノナ。彼女はここまで話すのに、少し興奮しすぎたようだ。


「わたしが調べた情勢はこんなところです。わたしとしては、銀河連合が降参してくれて、小さな勢力がみんな星辰同盟の味方になってくれれば、こんな戦争終わるのにって感じです」


「そうだね」


 それが一般的な感覚だろう。だが、敗戦というのは大きな代償を伴うものだ。誰だって、それを喜んで受け入れたりはしない。


 不意に気になることができ、リサは話を戻す。


「あ、ノナ。ところでなんだけど」


「はい?」


「ノナが調べた、三五〇二年の『地球』。そこに日本はあるの?」


「それが……」


 ノナはしばらく言いづらそうにしたあと、答える。


「どうやら、あの『地球』には、日本はないみたいなんです」


 日本のない地球。銀河連合の中心惑星・地球は、一九九五年に日本を失ったまま一五〇〇年以上経過した世界だというのだろうか。


++++++++++


 リサはノナの部屋から自分の部屋へと帰る最中、考える。


 戦況は全体を俯瞰しても、前線に立ってみても、星辰同盟が有利な状況だ。この戦いは早晩、星辰同盟の勝利に終わるだろう。


 だが、それは自分にとって嬉しいことだろうか?


 このままヴェーラ星辰軍にいれば、地球を占領するために艦砲のトリガーを引き、地上では光の槍で地球人をなぎ倒していくことになる。


 地球をヴェーラ星系に引き渡すために戦い続けるというのは、どうしたって気が引けてしまう。


 それよりは、ほかにやるべきことがあるのではないか。


 『旧き女神の二重存在』。


 自分にとっては、この謎を解くほうがずっと大事だ。


 このことがリサの身を堕落と頽廃の釜の底に突き落としたのだ。一方で、神界レイエルスで勝利を収められたのも、結局はこの事実あってのことだ。


 では実際、女神の二重存在なのか。


 最強のディンスロヴァであるヴェイルーガ神の妻レムヴェリアとも、妹ミオヴォーナとも言われている。だが、どちらとも確定していない。


 それをきちん理解しなければ、自分も仲間も危険に晒すだろう。


 実際、あのラミザは、結局、リサにまつわるこの問題を終わらせるために神界へ行き、死んだのだ。


 ラミザの愛は歪んでいた。けれども、純真ではあった。それを失ったのは、リサがこの問題を放置し続けたからだとさえ言える。


 解決しなければならない。


 知らなければならない。


 自分が何者なのかを。過去になにがあったのかを。そして、いま何をすべきなのかを。

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