第一章 三五〇二

第一章 三五〇二(1)地球を目指して

 星辰同盟加盟諸惑星が信仰する、神界レイエルス。これまでは、『哲人委員会』が神界の天使からの命令を受け、ヴェーラ星系の軍を動かしてきた。そして、星辰同盟軍は宇宙の半分近くを掌握するに至った。

 

 だが、いまや神界レイエルスはその機能を停止した。


 その原因となったのはリサだ。リサは仲間たちと共に神界に乗り込み、『旧き女神の二重存在』と呼ばれる自分が何者なのかを問うた。


 問答だけでよかったのだ。しかし、結果は激戦となった。リサは最高位の神である『われのほかに絶対者なしディンスロヴァ』と戦うこととなり、そして生き残った。多大な犠牲を払って。


 この結果、天使の声を聞いていた『哲人委員会』は潰えた。七人いた『哲人委員会』は六人が死に、一人が逮捕された。中枢政府は再建されつつあり、『哲人委員会』の私兵は正規軍の配下に編入された。


 ……ここまでは事実だ。だが、事実から推測できることがひとつある。


 リサは本当に、『旧き女神の二重存在』だったということだ。ディンスロヴァが本気で彼女を滅ぼそうとしたのが、その証拠だ。


++++++++++


 窓の外は星辰の海が広がっている。いや、一般的な日本語で言えば、宇宙の星々が広がっている――か。リサはそんなことを思いながら、葡萄酒ワインをあおる。 


 ここはヴェーラ惑星世界『天上』エリア。ノナ・ジルバの部屋だ。リサとノナは長い付き合いだ。出会ったのは、アーケモス惑星世界に列島ごと移転した日本。青京都。リサがまだ高校生だったころだ。


 あのころ、ノナはまだ日本の秋津洲物産の外国人社員で、日本人プロパー社員にこき使われていた。それがいまや、出世してアーケモス星辰軍の主計少佐だ。


 窓の外は星々だというのに、室内の調度品は骨董品めいたデザインだ。これはノナの趣味だろう。


 ノナはリサに言う。


「きょうの作戦、いつも通りの手際だったそうで」


 しかし、リサはそれを誇らない。味方を倒されるのは論外だが、敵を倒して喜ぶ気持ちもとうに薄れている。


「ラルディリース・グム=ジル・デュール参謀官が作戦を担当したおかげだよ。あの人もアーケモス、オーリア帝国の出身なんだっけ? 以前、フィズの主人だった……。いまでは魔界の魔公爵でもあるとか」


「あのあたりの人たちの経歴はすごいですよ。すごいし、ややこしい。ヴェーラ軍の八大佐官級将校のひとり、ルー・メセオナ中佐のことは知ってます?」


「名前だけはね。フィズやグロウには、『まだ会ってないのか』って呆れられるけど。なかなかどっちも予定が合わなくて」


「じゃあ、ラルディリース参謀官は?」


「そっちは会ったよ。上品なひとだね。それに意外と子供っぽい。あれが真面目モードじゃああんなに様変わりするんだから、底知れないね」


 リサがそんな感想を述べると、ノナがニマニマと笑う。


「じゃあ知ってます?」


「なに? ラルディリース参謀官がフィズの恋人だって話なら知ってるけど」


「それもそうだけど、そうじゃなくて。ラルディリース参謀官がオーリア帝国の貴族だったころ、ルー中佐は彼女の侍女だったっていう噂ですよ」


「へえ? そんなことある? そんな大出世があるわけ……」


 リサはそう言ってから、自分自身のことを考える。自分は日本生まれ日本育ち、高卒で国を出てから、いまや別の星で軍人をやっているありさまだ。人のことは言えない。


「びっくりでしょう? 箱入り娘とその侍女。それがいつの間にか、ヴェーラ星辰軍の中枢にいる」


「まあ……。そうか。あの新イルオール連邦を立ち上げたのも、当時のラルディリース議長だっけ。そのとき名前は挙がらなかったけど、きっと、ルー中佐もその場にいたんだろうね」


 リサはそれからまた、酒をあおる。二十一歳。酒の味を覚えてから、心がモヤモヤすれば酒に手を出すようになった。中毒一歩手前なのは本人もわかっている。よくない兆候だ。



 リサが少し黙ったのを見て、ノナは話題を変える。


「リサさん、じゃあ本題の方に行きましょう」


「うん」


「リサさんのお姉さん、逢川ミクラさんがヴェーラ惑星世界に来た形跡が見つかりました」


 リサの心の中に起きた感慨は、「やはり」とも「まさか」ともつかないものだった。本当に、あの人はどこへ向かっているのだろう。どこに悪を見いだしたのだろう。あの正義の執行者は。


「そう。ってことは……」


「もう、ヴェーラ惑星世界にもいない。行き先も不明。確かではないけど、星辰同盟の領域内で艦を乗り換えている様子もある。その先になるとまるでわからない」


「そう……」


「で、これは仮説ですけど、……いま星辰同盟が戦っている相手、銀河連合という惑星世界の集まりは、『地球テラ』という世界を盟主にしている」


「うん。……うん?」


「リサさん、わかりますよね?」


「うん。あの『地球ちきゅう』? 一九九五年まで日本が存在した、あの星?」


「そうそう。わたしだって、数年前まで日本企業の社員だったから、『地球』という名前にも馴染みがあるわけですよ」


「じゃあ、お姉ちゃんは『地球』を目指して……」


 どおりで、捕虜にした銀河連合の将兵たちが英語を話していたわけだと、リサは納得する。


「そう、それが仮説。でも聞いてください。調べたところ、『地球』では西暦三五〇二年という年号を使っているらしいんです。となると――」


「待って。いまの日本が、二〇〇五年だから……。わたしたちの日本は、ただ惑星アーケモスに移転しただけじゃなくて、未来に来ていたってこと?」


「そうなると思います。『地球』が星辰の海に進出してきたのはおよそ千年前、西暦二五〇〇年ごろ。猛烈な勢いで周辺の惑星世界を侵略して入植したという歴史になっています。版図を広げていくうちに、星辰同盟と接触したようです」


「……で、現在、星辰同盟と銀河連合がこの宇宙の二大勢力なわけだね」


「そうです。でも、この星辰界の勢力はそれだけじゃないんです」

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