第四部 払暁の戦争

序章 神殺し

 星辰中央方面での戦闘は激化の一途をたどっている。星辰同盟と銀河連合の戦争は継続しているのだ。あの天使たちが言葉を発さなくなり、『哲人委員会』が消滅したあとも。


 銀河連合の艦隊の中には、次元跳躍を繰り返し、星辰同盟側の拠点に直接乗り込んでくるものさえある。


 きょう、このときもまた、銀河連合から送り出された艦隊がヴェーラ星系近海に出現した。兵站が切れることを怖れない突撃だ。


 だが、新たなヴェーラ星辰軍は盤石だ。空冥術を活用した自動迎撃ユニットに加え、『虹の翼』と名高いルー・メセオナ中佐を含む、有能な八名の佐官級将校が待ち構えているのだから。


++++++++++


 リサは星辰急襲きゅうしゅう艦の艦長席に座って、目を瞑っていた。出撃までやることはない。仮眠を取ること以外は。


 リサが身に纏っているのは、ヴェーラ軍の礼服だ。軍服ではない。ただ単に、それが一番、勝手に持ち込んだ赤いマフラーと相性がよかっただけのことだ。いまやリサは、礼服にマフラーの得体の知れない大尉として有名だ。


『時間が来ました。出撃願います。狙うは、敵の――』

 

 メセオナ中佐の補佐を務める、ラルディリース参謀官の声だ。


 それを通信で聞いて、リサは目を開ける。色素の薄めの茶色のストレートの髪、深い緑の目。それがいまの彼女の外見だ。


「了解しました。敵旗艦を狙い、ただちに出撃します」



 リサの乗っている艦は通常の艦とは異なる。リサには『遠見』の能力もあるので、遠距離で撃ち合うのも得意だが、この艦は接近戦専用の特殊仕様だ。


 小型であり、乗艦できる人数も最大で数十名。数千名から一万名を越す乗組員が必要な戦闘艦とはわけが違う。


 だが、リサの急襲艦はその規模の艦船を沈めることを期待されている。『月の夜の狂戦士』あるいは『神殺し』と渾名あだなされている彼女だからこそだ。



 リサの乗った星辰急襲艦は星の海を自由に飛ぶ。ほかの戦闘員、乗組員たちも椅子に座り、ハーネスを締めている。オペレーターも存在するが、基本的にはリサが艦船のコントロールを行う。


 なにせ、彼女には敵の攻撃が予測できるのだ。どこを狙ってくるのか、どうかわせばいいのかなど、通常の空冥術支援ユニットを採用するよりもずっと正確で迅速だ。


 周囲では敵味方の大規模な艦隊同士が撃ち合いをしているというのに、リサの艦だけはあまりにも大胆な飛行をしていた。


「軌道に入りました。突撃します。衝撃備え!」


 備えと言ってから衝撃までもあまりにも円滑だ。このあたりも、リサの部下たちは心得ている。リサの手際のよさは、常軌を逸している。



 リサの星辰急襲艦は敵の旗艦の中腹に衝角を突き刺した。


 。それがリサやその部下の任務だ。


 部下のひとりが状況を確認し、館内放送で伝えてくる。


『艦長! 気密性確認できました』


「了解。戦闘員は下船せよ。総攻撃!」


 リサはマフラーをはためかせ、部下を連れ衝角から敵旗艦に乗り込む。


 銀河連合の戦艦乗りは直接戦闘にけてはいない。一方、リサやその部下は、あえて陸戦経験者で構成されている。


 リサが行うのは、敵艦内での戦闘だ。光の槍を持ったリサに対し、敵の船員たちはなすすべがない。そもそも、艦内戦闘のための充分な武装など詰んでいるはずもない。


 一方でこちらは空冥術を使用した白兵戦のプロだ。


 ……そう思ってから、リサは少しだけ疑問に思う。いや、いつを名乗るようになったのだろうか? 大尉という肩書きまであって、プロではないとは、もう言えないのだろうが……。

 

 銀河連合軍の銃撃は空冥術士にはほとんど当たらない。とくに、リサにはまったく当たる気配さえない。

 

 リサは部下たちと共に、敵旗艦内の兵員・将官全員を無力化したあと、主機関を破壊して戦艦そのものを動かない鉄くずにしてしまう。


 そして、敵艦の艦橋に陣取り、放送システムを利用して、敵旗艦から敵の随伴艦へとメッセージを発する。


「銀河連合艦隊に告ぐ。こちらはリサ・アイカワ大尉。貴殿らの旗艦はわれわれが奪取した。投降せよ。投降せぬ場合は――」


 リサは思う。このメッセージも何度繰り返しただろう。何度敵艦隊を潰してきただろう。いったい、戦いはいつ終わるのだろう。



 敵艦隊が投降の意思を表明し、任務終了だ。味方の艦隊が敵艦隊の武装を解除させ、敵艦隊を惑星ヴェーラの『下界』へと誘導する。


 リサも『下界』の基地に下り、任務終了の報告をして、きょうの仕事は終わりだ。


 リサが基地内を歩いていると、敵の将兵たちが手錠を掛けられ、列をなして連れて行かれるところに出くわした。彼らは恨めしげに、短時間での旗艦陥落を嘆いている。


 ふと気になり、リサは星芒具の留め金をパチンパチンと外してみた。


 捕虜となった敵兵たちから聞こえてきた未翻訳の言語は、どことなく聞き覚えのあるものだった。リサの知っているものとはやや異なっているものの――英語だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る