第十一章 たくさんの羽(3)似たもの同士

 リサたちは光のきざはしを通って、神界の地上へと戻ってきた。


 八枚の翼を備えたラミザのなきがらは、ベルディグロウが抱えている。


 リサは、彼女の剣だった大魔剣『ヴェイルフェリル』を抱えている。



 地上の神殿では、すべての天使たちが停止していた。第五階位も、第六階位も、すべてが止まっている。


 それもそうだろうなと、リサは思った。命令の発生源である第四階位の天使を――ディンスロヴァを滅ぼしたのだ。彼のために動くだけのシステムである天使たちが、活動する理由はもうない。


 これで星辰同盟は盟主たる神界レイエルスを失った。繰り上がり、ヴェーラ惑星世界が盟主となるだろう。


 星辰界うちゅうの秩序が変わるのだ。


 果たして、現在の星辰同盟が、天使の言葉なしにやっていけるのかどうかはわからない。聞くところ、常勝無敗のヴェーラ星辰軍は、背後に天使の存在があってこそのものだったのだから。


++++++++++


 リサ、フィズナー、ベルディグロウの三人は、『天のきざはし』を使って星辰艦へと戻った。


 現在、リサはラミザの使っていた星芒具を装着している。『神界の鍵』がここに入っているからだ。だが、彼女が亡くなったいまは、形見として、これをずっと持っていたい気持ちがする。


 ラミザのなきがらは、星辰艦内の彼女の部屋に横たえられた。


 リサは、ラミザの手を取り、それを額に当てて押し黙っていた。フィズナーとベルディグロウは空気を読んだのか、リサを置いて部屋を出て行く。


 悲しいとはなにか、リサは理解した気がした。


 ラミザとは、シデルーン侯爵という『偉い人』の随伴者として知り合った。出会いは、そんなに大仰おおぎょうなものではなかったのだ。偉い人のついでにご挨拶をする、そんな感じだったはずだ。


 それでも、最初から、その異質な美しさには圧倒されていたけれど。


 ラミザは最初から完璧だった。彼女は無敵だったのだ。彼女さえいれば、どんなミッションもこなせると信じられた。


 だけど、ラミザは決して、完璧などではなかった。本当の彼女は、孤独で、愛を知らなかった。愛されるために努力して、人間離れした優秀さを身につけたら、それが一層、人を遠ざけてしまった。


「ラミザ――」


 そんな可哀相な人だったのだ。ラミザの中の子供は、いつも泣いていたのだ。それを、どんな大人も、同輩も、無視してきた。


 おそらく、ラミザがリサに興味をもった切っ掛けはそれだ。リサが彼女のことを、褒めながらも、同じ人間として扱ったこと。異質な存在として排除しなかったこと。近づきたいという気持ちを見せたことだ。


 だからこそだ。ラミザはリサの前でだけ、幼い自分をさらけ出した。事務的な硬い表情ではなく、柔らかい表情、不満の表情、さまざまに顔を変えたのは、リサの前だけだった。


 文化祭でも、商店街でも、テーマパークでも、リサが食べるものは何でも一緒に食べたがった。同じ思い、同じ経験、同じ時間を共有したかったのだ。


「ラミザ――」


 そうだ。その名前こそ、リサが与えたものだ。ラミザノーラ・ヤン=シーヘルは、リサが与えたラミザという愛称を本名として使ってしまうくらい、リサに傾倒していた。


 だから、日本での魔竜カルディアヴァニアスとの戦いの際に見せた裏切りも、イルオール連邦戦線で見せた戦場での対峙も、すべてはわがまま。駄々っ子だ。


 リサは薄々感じていた。ラミザの中で、子供の泣き声がするのを。


 だからこそ、ラミザの中の子供に優しく触れたとき、彼女はリサのことを信仰するに至った。神だと信じるに至ったのだ。


「違うよ、ラミザ――」


 リサがラミザの心に触れられたのは、偶然でしかない。なぜなら、リサも同じ心の傷を抱えていたからだ。


 いまも、リサの中では、子供の泣き声がする。


 愛されず、幸福を知らず――。愛されるための努力によって、「お前は大丈夫だろう」と周りから突き放される恐怖。孤独。


 ただただ、ふたりは、だったのだ。


 九五年に日本が『アクジキ』に食べられていなければ――日本が惑星アーケモスの一国になっていなければ、ふたりはこの宇宙の離れた場所で互いのことを知らずに暮らしていたに違いない。


 これは奇縁だ。


 まぎれもなく、ラミザとリサは、根っこのところで。わかり合える間柄だったのだ。ふたりとも、身の回りに似た者がいなかっただけで――。


「わたしたちは、ずっと対等で、ずっと友達だったんだよ」


 もう、思い出せるのは、互いに武器を向け合ったときのことではなかった。


 一緒に暮らし、一緒に歩き、一緒に料理し、一緒に食べた日々。


 熱い食べ物をはふはふ言いながら食べたり、うっかり辛い食べ物を食べて涙したりした、そんな莫迦莫迦ばかばかしい日常ばかりが思い出される。


++++++++++


 しばらくして、リサは星辰艦内の艦橋に出た。


 そこには、フィズナーやベルディグロウがいて、妖精型空冥術支援ユニット・シズに航行の準備をさせている。


 急いでいない様子をみると、リサが落ち着くまで、出発を待っていてくれたようだ。


 リサの服はラミザの血で真っ赤になっていた。それはここまでラミザを抱えてきたベルディグロウも同じだった。


 ひどいありさまだ。


 神界レイエルスに下りている間に入った情報を表示すると、星辰同盟軍と銀河連合軍の戦争が激化の一途をたどっているという内容が目に入る。


 この神なき世界で、ある種の宗教共同体である星辰同盟は、この争いにどう始末を付けるつもりなのだろう。


「そうか――」


 リサは思う。自分が『旧き女神の二重存在』であるということが、より確かになったのだ。だが、結局、神の二重存在だったのかはわからずじまいだ。


 ならば、確かめに行かなければならないではないか。


 神話上、最強のディンスロヴァであるヴェイルーガ神の伴侶たる、最強の女神レムヴェリアに関係があるのか、祭祀を司る妹神ミオヴォーナに関係があるのか。


 会いに行かなければならないではないか。


 アーケモスの月『デア』に。


 リサは艦長席のコンソールを見た。


 そこには、ラミザが一生大事にすると言った写真が置いてあった。写真の中の彼女は、ただの若い女性として、屈託なく笑っていた。

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