第十章 神聖なる論理矛盾(3)選びし者

 リサに四つの固有能力があることが判明している。


 ひとつめ、『遠見』。遠くの敵の行動を見極め、必ず攻撃を当てる能力。

 ふたつめ、『未来視』。敵の数秒先の攻撃を読む能力。

 みっつめ、『神護の盾』。艦砲射撃にすら耐える盾を展開する能力。

 よっつめ、『神の選択』。天使など神に仕えるものを強化する能力。


 よっつめは極めて限定的な能力であるとしても、ひとつめからみっつめまでは活用のしようがある。


 リサは光の弓を持ち、フィズナーやベルディグロウを先導した。


 これは客観的には、いつもの構図だ。リサが危険を顧みず飛び込んで、仲間を危険に晒す。だが、いまの彼女はそのことを自覚しつつある。


 相変わらず、自分自身のことについては鈍いけれども。


 それで仲間を危険に晒すことは、もう、しない。


「前衛、グロウ! 遊撃、フィズ!」


「承知した!」「ああもう、お前に懸けるよ!」


 ベルディグロウが大剣を振りかざし、フィズナーが中型剣を脇に抱えて戦闘の場に飛び込んでいく。


 リサは弓を引き絞り、矢を放つ。それは『遠見』により、正確に第四階位の天使の頭に直撃する。だが、貫通するまでには至らない。リサは思う。やはりアーケモスの月がなければ、天弓の威力は落ちる。


 少し怯んだ第四階位の天使に対し、ラミザは近距離で大魔剣を振り下ろす。一刀両断にするまでには至らないが、相当の衝撃は与えたはずだ。


 その勢いで、ベルディグロウが大剣で横薙ぎにし、フィズナーが首筋に突きを入れていく。いずれも致命打にはならないが、攻撃に参画できるということが判明してきた。


 第四階位の天使は怒りと共に、『破壊剣』を振り回し、フィズナーやベルディグロウを叩き潰そうとする。だが、それはリサの『未来視』により、先読みがなされており、さらには、『神護の盾』によりふたりが完全に護られる。


「おのれ、人間ごときが!」


 苛立ちを口にする第四階位の天使。それに対し、リサは明らかな挑発を行う。


「わたしの天使と、わたしの選んだ戦士に勝てるものか!」


「おのれっ!」


 リサに向かって飛び出そうとする第四階位の天使の首を、ラミザは的確に、大魔剣で殴って吹き飛ばす。首が切り落とせるほどではなかったが、第四階位の天使のほうがいまや劣勢だ。


 ベルディグロウも、フィズナーも、いまとなっては臆さない。後衛たるリサが支援を行ってくれている以上、第四階位の天使への直接攻撃は可能だ。


 直接力押しではさすがに勝てないが、ベルディグロウなら、相手の攻撃をいなした上で、相手の突進の向きに合わせて大剣を叩き込むことでよろめかせることができる。


 フィズナーも『破壊剣』をうまく回避しつつ、さらにリサの『神護の盾』も活用しつつ、敵の攻撃を攪乱していた。



 味方が上手く動いてくれている。支援もうまくいっている。ヒントももらった。そうだ。これが決定打だ。


 リサは光の弓を撃つための最適な場所を探しているふりをしながら、適切な位置取りをしようと走った。もちろん、フィズナーやベルディグロウのための『神護の盾』は切らさないようにしている。


 そんななか、第四階位の天使は完全に怒りの感情に支配されている。


「貴様ら、許さんぞ! われはディンスロヴァ、すべての天使を集め、貴様らを数で圧倒して――!」


 第四階位の天使が喚いているころ、リサの光の矢が、第一階位の天使の脳の入った白い匣を射貫いた。


 誰もが、なにが起こったのか、理解できなかった。――ラミザを除いては。


 リサは膝をつき、祈るように言う。


「天使よ。神よ。神でありしものよ。わたしが命じる。第四階位の天使を処断せよ」


 再起動する脳。そして、匣の周囲に、第一階位の天使の像が浮かび上がる。第一階位の天使は言う。


「第四階位よ。貴様のようなものが、ディンスロヴァを名乗るとは」


 第一階位の天使の身体は透けている。リサが一時的に顕現させているに過ぎないからだ。だが、その手には『破壊剣』が握られている。


 第四階位の天使は悲鳴に近い声をあげた。


 そして、彼はリサを狙って飛んだ。この恐ろしい状況を作り出したのはリサだ。彼女を仕留めさえすればいい。


 だが、第一階位の天使の『破壊剣』を受け、床に叩き落とされる。さらに、ラミザ、フィズナー、ベルディグロウの追撃も入る。


 第四階位の天使はディンスロヴァの力をある程度継承しているだけあって、しぶとい。だが、第一階位の天使の『破壊剣』とラミザの大魔剣『ヴェイルフェリル』の二大破壊兵器で立て続けになぶられつづけて、精神が維持できるはずもない。


「き、貴様――!」


 第四階位の天使の『破壊剣』が、リサに向かって突き出される。


 リサは自分自身のまわりに『神護の盾』を展開する。『神護の盾』が第四階位の天使の攻撃を受け止める。それが奏功し、完全に彼女に気を取られていた第四階位の天使は、背後から第一階位の天使に『破壊剣』で刺し貫かれる。


「畜生! 人間ごときが! ただでは、ただでは済まさん!」


 これはリサにも想定外だった。第四階位の天使はディンスロヴァの力を限界以上に引き出したのだろう。『神護の盾』にヒビが入り、そして割れる。


 破壊の限りを尽くす、憎悪の一撃がリサを狙う。リサは反撃のため、武器を光の槍に持ち替える。だが、間に合わない。


 ダメだ――。


 そう思ったとき、目の前に立っていたのは、ラミザだった。彼女はリサをかばい、真正面から『破壊剣』の一撃を受け、血をまき散らし、そしてなお、前進した。


「これが神に選ばれし天使の力!」


 すでに第一階位の天使に背後から刺し貫かれて動けなくなっている第四階位の天使を、ラミザは正面から真横に薙いだ。力の激流。


 第四階位の天使は大魔剣に首を刎ねられ、そして、強烈な破壊力によって身体ごと跡形もなく消し飛んだのだった。



 この瞬間。ラミザは翼が二枚増え、六枚翼となった。だが、出血がひどい。心臓があるべき場所が穿うがたれている。


「ラミザ!」


 リサは声を掛けたが、彼女はふらふらと歩き出した。そして、彼女が掴んだのは、第一階位の天使の脳が入っている匣だった。


 ラミザはその匣を床へ投げ捨て、大魔剣『ヴェイルフェリル』でそれを斬り捨てる。


 匣から出てきたのは、切断された――しかしそれ以前に回路が焼き切れてしまった、脳の形をした機械だった。


 ラミザの翼がさらに二枚増え、八翼の黒天使が誕生する。


 心臓があるべき場所から血を吹き出し続けるラミザは、振り返ると、リサにこう言ったのだった。


「これでようやく、のよ、リサ」


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