第十一章 たくさんの羽

第十一章 たくさんの羽(1)わたしたちの決着

 とめどなく血が流れている。


 八枚翼の黒天使となったラミザは、両手を広げ、恍惚こうこつとした表情で言う。だが、唇はすでに紫色になっており、失血が激しいことを物語っている。


「アーケモス第十代大帝。真なる魔王。ディンスロヴァを二柱倒したディンスロヴァ。こうしてようやく、ようやくあなたと同じ場所に立てるのよ、リサ」


 ラミザが一歩、リサに近づく。だが、その一歩が重い。


 フィズナーとベルディグロウが即座にリサの前に立ち、彼女を護ろうとする。だが、『われのほかに絶対者なしディンスロヴァ』となったラミザ相手に、どこまで対抗できるだろうか。


 ああ、と、ラミザは歌うように言う。


「リサ、あなたは、前ディンスロヴァに命令する権限さえ持っていた。間違いはなかったの。やはりあなたは、わたしの絶対者。わたしの信仰――」


 そこまで言って、ラミザは大量の血を口から吐いた。心臓だけではない。周辺の臓器をまとめて喪失している。


 リサは理解した。ラミザはもう保たない。立っていることすら、やっとなのだろう。もしかすると、急いで天のきざはしを上り、艦に戻れば、彼女を延命できるのかもしれない。


 ――でも、そうじゃない。


「やはりあなたは、わたしの愛」


 ラミザは止まらない。


 そうだ。リサは理解した。この場所でこそ、わたしたちの決着はふさわしい。



 ラミザが襲いかかってきた。魔界最強の兵器である大魔剣『ヴェイルフェリル』を振りかざして。


 だが、ラミザは一度も剣を振れないまま、そのままくずおれる。そして、その首を刎ねるべく、フィズナーとベルディグロウが武器を交差させて、リサに近づけまいとする。


 けれども、リサはかぶりを横に振った。フィズナーとベルディグロウが武器を収め、リサの前から身を退ける。


 これはどうしても必要な儀式なのだ。邪魔があってはならない。


 は、叶えてやらねばならない。


 ゆっくりと、ラミザは立ち上がる。その胴から、滝のように血が流れ落ちている。普通の人間なら死んでいておかしくない。だが、いまの彼女は、八枚翼の天使。そして、ディンスロヴァの力をふたつも継承した存在だ。


 リサはそんなラミザに、『神の選択』を与え続けている。彼女が少しでも、この時間にいられるようにするためだ。


 ラミザはうっとりと、しかし、赤い霧のような息を吐く。


「ああ、ようやく、が回って来たの。わたしは、あなたのことを探した。あなたの回復を待った。そして、邪魔者はもういない」


「……そう」


 リサはそれだけ言って、光の槍を構える。


 瞬時に、ラミザが床を蹴り、跳びかかる。『未来視』ですら回避は不可能だった。リサは『神護の盾』を展開し、ラミザの大魔剣『ヴェイルフェイル』を受け止める。


 空間ごと揺れるかのような衝撃。


 リサはその攻撃の威力を後方へいなすと、槍を回転させ、ラミザに叩きつける。


 しかし、ラミザはそれを、空冥力の盾で受け止めていた。


 リサは思い出す。かつて日本でラミザと戦ったとき、リサは丸腰のラミザ相手に手も足も出なかった。それというのも、ラミザの素体としての空冥力の高さゆえだ。


 あのとき、光の槍はことごとく、ラミザの手によって撥ねのけられた。実際には、彼女の手に展開された空冥力の盾によってだ。


 いま、ラミザは大魔剣『ヴェイルフェリル』を操りながら、同時に防御まで行っている。


 振り下ろされる大魔剣。リサはそれを、光の槍で受け止める。


 そして、そこを軸にして回転。宙空で身体をひねると、リサは上からラミザに突き掛かった。しかし、防御される。


 『未来視』を使っている限り、狙いは必中だ。だからこそだ。ラミザは回避をせずに、可能な限り防御と捌きに徹している。


 だが、ラミザは口から大量の血を吐く。いくらリサが『神の選択』を与えているからといって、大きく損傷した身体で動き回るのには無理がある。


 しかし、そんな状況とは裏腹に、ラミザの声は弾んでいた。


「ああ楽しい。楽しいわ、リサ。あなたは本当に、わたしの見立て通りだった。いえ、わたしの見立てさえも越えてくれた。正真正銘の神へと育ってくれたのだから!」


「いま、ディンスロヴァなのはラミザでしょう」


「わたしは、あなたのことを喜んでいるのよ。あなたを前にしては、わたしなんか、何ほどの者でもないわ! それが嬉しくて、嬉しくて!」


 大魔剣の横一閃。


 リサはそれを屈んでやり過ごし、ラミザの間合いの内側へと飛び込む。そして体当たり。ラミザの上体がわずかにぐらつく。


 ようやくつくり出した隙。リサは光の槍をラミザの喉元に突きつけようとした——が、破壊の化身である大魔剣が再びリサの身体を輪切りにするべく戻って来たのを感じ取り、後方へ跳んで回避する。


 歓喜に満ちあふれるラミザの表情。


 リサが体勢を立て直す余裕もないうちに、次の縦一閃が振り下ろされる。そこで始めて、彼女は自分の光の槍が破壊されるのを見た。


「な——!?」


 光の槍は無尽蔵だ。それゆえ、何度でも作り直すことはできる。だが、リサには解った。……この相手には、光の槍では相性が悪い。


 リサはただちに、大きく距離を取り、ラミザの間合いのずっと外から光の矢を撃ち込んだ。


「——天弓『ヴィ=ロイオ・レプリカ』」


 光の矢を受けたラミザは片膝をついていたが、その表情は微塵も痛みを表現していなかった。あるのは、喜びと憧れのみ。


「わたしが導いたあなたが、こんなに素敵になってくれた。そして、こんなわたしでも、そんなに素敵なあなたに少しだけ追いつけている。ああ、ああ、震えが止まらないわ——」


 なおも駆け出し、大魔剣を振りかざす血みどろのラミザに対し、リサは光の弓を引き絞る。

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