第十章 神聖なる論理矛盾

第十章 神聖なる論理矛盾(1)神を汚す

 神界レイエルスの神殿の最も高いところ。そこに座するのは第四階位の天使一体だった。白い翼は四枚。背後には何らかの神聖な紋様の入った光輪を背負っている。


 彼の背後の柱には四角形に穴が開いており、そこに小さな白い匣が鎮座している。


 リサたち四人が現れたのを見て、第四階位の天使は立ち上がりもせず、座ったままで次のように述べる。


「旧き神の魂を持ちたる者を歓迎する」


 それは、極めて流暢な言葉だった。これまで会ってきた、第五階位以下の天使たちとは様子がまったく異なる。


 だが、リサたちに対し、一切の敬意を払っていないことは、すでにこの時点で感じられる。


 ラミザが一歩踏み出し、第四階位の天使に問う。少なくとも、この天使とは意思疎通が可能なようだからだ。


「ディンスロヴァに会わせてほしい」


「すでに会っている」


 第四階位の天使の回答は意外であり、かつ、理解を超えてもいた。


 リサが怪訝な顔をしていると、第四階位の天使は彼の背後の柱にある白い箱を指さす。


「ディンスロヴァはこのはこの中にいらっしゃる」


「なにを――」


 なにを言っているのだろう。この天使は。あまりにも不気味だ。小さな匣と化した唯一絶対の神。そして、その前で不気味に笑う天使。


 フィズナーが叫ぶ。


「お前は、なにを――!」


 第四階位の天使は動じない。


「われわれ天使は、ディンスロヴァの言葉を忠実に行うものである」


「では、ディンスロヴァはなんと言っている?」


 ラミザはそう、すかさず質問した。


 だが、その間を置かない質問は、天使からの素早い回答へと繋がることはなく、天使はただ面白おかしげに笑っただけだ。


「ディンスロヴァは何千年も命令を発していない」


 何千年も命令を発さない唯一絶対の神。そして、唯一絶対の神の言葉を忠実に守る天使。。まるで意味がない関係性だ。


 リサは途方に暮れた。これは行き止まりだ。ディンスロヴァと呼ばれる唯一絶対の神にたどり着けない。せっかく、意思疎通できそうだと思った第四階位の天使がこの状態なのだから。


 しかし、ラミザはそこで止まらなかった。いうなれば、壁を破ったのだ。こんなところに壁があるほうがおかしいとでも言いたげな様子で。


「天使よ、なぜ、そのような無感情な物言いをする?」


 第四階位の天使はくっくっと笑う。感情が表れる。


「超越者と繋がる唯一の方法、それがである。である。第一階位の天使は人格を有していた。だが、それゆえに、ディンスロヴァを敬いもすれば、憎みもした。人格があれば、神と繋がることもできる。だが、神を討とうなどという倒錯も生まれえる。ゆえに、第二階位以下の天使は人格を持たない」


「それで? 第一階位の天使はディンスロヴァを討ったのか」


「然り」


 第四階位の天使は、恐るべき事実をあっけなく暴露した。人々が信仰しているディンスロヴァ。そんなものはもう、のだ。


 ラミザは問い続ける。


「では、現在はその第一階位の天使がディンスロヴァに?」


「そうであろう」


「……その匣は?」


「われわれはディンスロヴァの天使である。ゆえに、ディンスロヴァの仇をその場で討った。第一階位の天使の脳を引きずり出し、匣に収めた」


「まさか、第二階位や第三階位は……?」


「戦いは熾烈を極めた。第二階位の天使は、第一階位の天使にすべて滅ぼされた。第三階位の天使も同じく滅ぼされた。そうして残ったのが、この第四階位の天使である」


 第四階位の天使の言っていることはおかしい。矛盾している。もし、論理的に正しいのであれば……。


 リサは第四階位の天使に問いかける。


「それって、ディンスロヴァを殺した第一階位の天使の脳を引きずり出して――つまり、殺して、ということ?」


 第四階位の天使は即座に否定する。


「おかしなことを言う」


「だってそうでしょう? 神を殺した天使が神になった。そして、あなたたちは次の神を殺した。……脳だけで生きている風を装っているけれど、数千年動いていないんでしょう?」


「少し、お休みになられているだけだ」


 そこで再び、ラミザが疑問を口にする。


「あなたは、『天使に人格はない』と言ったようだけど。どうも、あなたには人格があるように見えて仕方ないわね」


 第四階位の天使は、なにかを答えるでもなく、ただ腹を抱えて笑っている。たしかに、これが『人格がない』というのはおかしい。


 ラミザは問い続ける。


「『哲人委員会』は天使の命令に従う機関と聞いたわ。つまり、リサを殺さなかったのは。なぜ、殺さなかった? なぜ、辱め、穢し、堕天させることを選んだ?」


 リサははっとした。そうだ。ラミザの言うとおり、『哲人委員会』が天使の命令を受け取る集団であれば、リサをあそこまで辱めておいて殺さなかったのは、天使の判断だということになる。


 なにせ、ディンスロヴァは数千年間、言葉を発していないのだから。


「それで十分、脅威ではなくなると判断したからだ」


「いいえ。現にリサはこうして復活した。それを計算しそびれる天使ではないでしょう」


 第四階位の天使は表情を歪めて、大笑いする。それはあまりにも楽しそうだった。


「ああ、ああ! なんて楽しい! もはや、匣の中の脳がディンスロヴァなのか、われがディンスロヴァなのか、わからなくなって久しいのだ。そうだ。そうだとも。われは、この世に神がいるのかどうかすら確証が持てなくなっていたのだ!」


 第四階位の天使の様子がおかしい。リサは光の弓を持ち、フィズナーも、ベルディグロウも、ラミザも、抜剣する。


 天使は笑う。


「そこへ、神の二重存在であることが確実な存在が生まれ出でてくれたのだ。ありがたい、ありがたい。神を汚すのはなんという悦楽であろうか――!」

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