第九章 神の国で愛を求める(3)最後に聞いた願い

 星辰遊撃艦バーレア、ブーストレベル五、次元跳躍九回。


 遊撃艦バーレアは、最大ブーストレベルが五だ。そして、三回ごとに二十時間の冷却時間が必要になる。それゆえ、ヴェーラ惑星世界を出発してから、およそ三日が経過した計算になる。


 シズが言う。


『神界レイエルスの界域へと入りました。天使の艦隊があるようです』


 たしかに、リサたちが見ると、艦橋前方のスクリーンに真っ白い星が映し出される。


 それほど大きくもない、この真白い星が、星辰同盟の盟主なのだ。


 周囲には白い星辰艦がうろついているが、ラミザが『神界の鍵』をもっているせいか、こちらを攻撃してくる気配はない。


 ここでも戦闘があるかと心の準備をしていたリサは、やや拍子抜けする。


「戦わないんだね、今回の天使は」


「不要な戦闘を回避できるに越したことはないわ。着陸しましょう」


 ラミザがそう言い、遊撃艦バーレアは降下を開始する。しかし、その瞬間、リサは光を見た。


++++++++++


 次に目を開けたときには、リサたち四人は神界の地上にいた。どうやら、シズだけが星辰界うちゅうの遊撃艦バーレアに取り残されているらしい。


 ラミザは自身の星芒具を見ながら、いま起こった現象を分析する。


「『天のきざはし』ね。ここへは、艦で直接付けるなどは無粋ということかしら。『神界の鍵』の効果で、わたしたちは地上に転送されたみたい」



 そうは言っても、リサたちはすでに二十程度の天使たちに囲まれている。天使たちは『破壊剣』と呼ばれる、物騒な鉄の塊で武装している。


 ここは天使が行き交う街のようだ。通りに沿って延々と住宅が続くかのように、真っ白い神殿が続いていく。


「ラ、ラミザ。なんだか武器を持った天使に囲まれているんだけど?」


 リサはラミザに問うてみたが、ラミザのほうは落ち着いている。


「『神界の鍵』によると、ここに集まっている天使はすべて第六階位。……天使よ、われわれは敵ではありません。道を開けてください」


 ラミザが第六階位の天使たちにそう言ってみても、天使たちは反応しない。どうやら、第六階位と呼ばれる彼らとは意思疎通が不可能なようだ。


 リサは再び、ラミザに訊く。


「どうしよう。この状態じゃ動けないよ」


「リサ、星芒具を起動して。光の槍を——武器を喚び出してみて。……いえ、おそらくここでは、光の弓の召喚も容易なはず」


 それは戦闘の意思ありとみなされはしないだろうか。リサは少し心配だったが、言われたとおりに、左手に光の弓を喚び出す。


 すると、リサは驚いた。第六階位の天使たちはすっと道を開けたのだ。これで、四人は道を進むことができる。



 リサたちは歩き始める。

 

 ベルディグロウとフィズナーを先頭に、リサとラミザがそのあとに続く格好だ。これは、かつて、チームで前衛・後衛・遊撃のポジションを決めたときのものに沿っている。


 だがいまでは、まるで神官騎士と近衛騎士が『旧き女神の二重存在』を護りながら進んでいるかのようだ。さらにいえば、魔界の女王にしてアーケモス大帝までもが随行しているようにさえ見える。


 リサたちが進むと、今度は別の天使たちが立ち塞がった。数は十ほどもいる。天使たちは口々に言った。


よ、どこへ?」


 ラミザが天使たちに問い返す。


「第五階位の天使たちよ。ディンスロヴァに会いたいのです。案内してくれますか?」


「ディンスロヴァはもう、何千年とお話しにならない」


 天使たちの回答を、リサは妙だと感じた。ディンスロヴァはここにいるはずだ。だというのに、なぜ、何千年も黙りこくっているのか?


 ラミザが次の要望を告げる。


「では、第一階位の天使にお会いしたい」


「それは不可能である」


「では、第二階位の天使にお会いしたい」


「第二階位は存在しない」

   

 会うことが不可能。存在しない。……リサには不思議でならない。いったい、神界レイエルスで何が起こっているのだろうか。


「では、第三階位の天使にお会いしたい」


「同じく、第三階位は存在しない」


「では、第四階位の天使にお会いしたい」


「畏まりました。第四階位の天使のおわす神殿へと、光のきざはしをつくりましょう」


 第五階位の天使がそう言うと、リサたちの前に光の階段が現れる。これに一歩踏み出せば、第四階位の天使に会うことができるようだ。



 そんな折に、リサは不意に、頭痛がし、うずくまった。


「痛――ッ!」


 リサは目の前に、姉・ミクラの背を見た。そんな気がした。そして次に、ミクラと対峙するビジョンを見た。


 いったい、これは、いつの記憶なのだろう。過去? それとも、未来?


 ミクラは傷を負っていた。肩に傷を負い、胸から脚まで血まみれにしていた。そして、泣きながら迫ってくる。


 リサはミクラに押し倒され、首を絞められる。


「愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛せ! 愛してよ!」


 そうだ。それがこの世で最後に聞いた言葉であり、慟哭であり、願いだった。そうして、わたしは未来を閉ざしたのだ。



「リサ!」


 ラミザやフィズナー、ベルディグロウに声を掛けられ、リサは意識を取り戻した。短い間だが、リサは頭痛によって意識を失っていたようだ。


 リサは立ち上がる。


「大丈夫、進もう」


 そう言って、リサは光のきざはしのほうへと向かう。


 それにしても、あのビジョンは何だったのだろうと、リサは少しだけ思案する。あれは姉のミクラだったように思う。しかし、それよりも、ずっと気になることが――。


 あの事件が起こった現場は、間違いなく、この神界レイエルスだったのだから。

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