第六章 お仕着せの正義
第六章 お仕着せの正義(1)身を賭して
カツ、カツ、カツ、カツ――。
なにかの音がする。
++++++++++
リサは魔界ヨルドミスの山岳地帯に立ち、眼下の魔界都市を眺めていた。これから戦闘が始まるのだ。
リサの服は日本国国防軍から支給された白い軍装で、左手には星芒具を装着している。
日本の軍隊の面々も、みな星辰艦――宇宙船という慣れない乗り物でやって来ていた。今回は地上戦がメインの担当になるということで、輸送艦には戦車や戦闘機を積み込んである。いまはそれを大地に下ろしているところだ。
リサの隣では、ザネリヤがいつものように煙草をふかしていた。彼女は言う。
「リサたちがアーケモス大陸の方に行っている間に、『総合治安部隊』では、もう数百人単位の日本人が空冥術を使えるようになってるんだ。とはいえ、『星三つ』が限界だけどね」
「そうなんだ……」
変われば変わるものだ。リサが加入する前、国防軍『総合治安部隊』には空冥術士が二名しかいなかった。『大和再興同友会』のような反社会的勢力の方が、抱えている空冥術士が多かったくらいだというのに。
「オーリア帝国は秘密裏に、ヴェーラ惑星世界から武器を購入していた。つまり、外から武器を買っていたのはイルオール連邦だけじゃなかったってことだよ」
「うわあ」
「『うわあ』じゃないよ。日本の国防軍は、そのオーリア帝国から星辰艦や彗星砲を買い付けてんだから。横流しだよ」
「はあ……」
リサはもう、溜息をつくしかない。中佐から昇進した妙見大佐たちが秘密裏にやっていたことは、あまりにも規模が大きい。『日本の宇宙進出』どころの話ではない。『日本の宇宙戦争進出』の準備だ。
「おまけに、あの秋津洲財閥ときたら、星辰同盟をすっとばして、銀河連合加盟世界とコンタクトまで取っていた。だから、ここにある星辰艦の一部は、空冥力不要の科学技術的宇宙船もいくらかある」
「銀河連合?」
「……ああ、リサはまだ知らないんだっけ。この
「えっ、じゃあ、この魔界大戦って……」
「いわば、内戦のようなものだね」
「内戦……。じゃあ、どうして日本やオーリア帝国もこの戦いに参加しているのかな?」
「惑星アーケモスは、ヴェーラ星系によって事実上の
「おもちゃ……」
「だけど、あの澄河御影は、その半端な立場を利用して、星辰同盟の敵対者である銀河連合との取引までこぎ着けたのさ。たいしたものだよ」
「タフな人だとは思ってたけど、そこまでやるんだね」
「そうさ。秋津洲財閥の金で『総合治安部隊』がつくられた。オーリア帝国皇帝も現状を不服に思って武力を蓄えている。ともに、外へ打って出るためだよ。そんな面白い状況で、ファゾス共和国の学者が力を貸している。……まったく不届き者もいたものだよ」
笑いながら、ザネリヤは煙草の煙を吐く。『不届き者』なファゾス共和国の学者とは、彼女自身のことだ。
「ねえ、ザン」
「うん?」
「どうしてそこまで、日本に力を貸してくれるの?」
「感傷、かな」
「……」
「アタシにとって、日本は住むのに楽しい場所だ。それに、アーケモス大陸の方もまた、縁のない話じゃないし」
ふうと煙を吐いて、ザネリヤは煙草を携帯灰皿に入れて火を消す。それから、リサのほうを見て、彼女は質問する。
「リサ、それよりあんただ。あんたは一年ちょっと前まで普通の日本人だった。ただの高校生だったんだよ。それがいま、魔界なんてところまで来てしまった」
ザネリヤの問いは、リサにとってはもう、慣れっこになってしまったものだ。何度聞かれても答えは決まっている。
「わたしは、わたしの力が必要とされるところに行く。それだけだよ。たとえ、それがどこであっても。どんなことであってもね」
リサは笑った。
そこで世界が暗転する。
星空の見えるベッドに横たわるリサ。そして、ちょうど星明かりを隠すように覆い被さってくる人影。
『彼女』はその人影の首筋に手を回し――。
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そこで、リサははっとして目を覚ます。
身体じゅう、気持ちの悪い寝汗でいっぱいだ。
ここはヴェーラ惑星世界、『天上』エリアのアパートだ。リサはここにひとりで住んでいる。ラミザの帰りを待ちながら。
すでに、先程の夢で見た魔界大戦のシーンからは一年が経過している。
リサはベッドの上で身体を起こし、両膝を抱きしめた。
あのとき、ザネリヤの言ったとおりだと、リサは思う。ほんの数年前までは普通の日本の高校生だったんだ。それがどうして、どこにあるかもわからない知らない星で、ひとりで暮らしているんだろう。
―― わたしは、わたしの力が必要とされるところに行く。それだけだよ。たとえ、それがどこであっても。どんなことであってもね。
この事態を招いたのは、正義感だ。
正義。
逢川ミクラどこにいるのだろう、リサは思った。
会いたい。
憎い。
すべての発端は彼女だ。
リサは自分の座っているベッドがたわむのを感じた。誰かがベッドに乗りかかってきたのだ。
見れば、そこには生徒会役員だったころに一緒だった澄河鏡華がいた。あの頃と同じ、学生服のままで。
『鏡華』は言う。
「あなたの正義はいつも自分本位。人のことを少しも考えていない。あなたほどの利己主義者なんてなかなかいないわ」
鏡華の姿をした『それ』から発される声は、リサ自身の声だった。
リサは気づく。自分はまだ夢の中にいるのだと。悪夢はまだ、終わっていない。
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