第五章 後遺症(2)魔界大戦 ①

「ああ、そうか。だからわたしが、『総合治安部隊』に必要だったんだ」


 リサはうつむいた。ますます、高校生のときに安喜やすき少尉が言っていたことが正しさを帯びてくる。彼女は言っていた。国防軍はリサを最強の殺人マシンに仕立てようとしていると。


 それがまさか、こんな宇宙規模の話になるなど、当時のリサには及びもつかなかった。


 フィズナーは肯定する。


「そうだ。お前を中心として、日本人空冥術士部隊をつくる。そして、星辰の海で戦えるまで、ヴェーラ軍から力を吸収し続ける。それが澄河御影の計画だった。日本政府上層部はすでにヴェーラの傀儡かいらいだからな」


 思わず脱力し、リサはテーブルの上に寝そべる。


「わたしが大好きな、日本の平穏な日々。それを護りたかったのに。、そんなものは終わってたんだね」


 リサが友達と一緒に食べ歩きをしている間も、旅行に行って遊んでいる間も、文化祭で演劇をしている間も、日本政府は惑星ヴェーラの意向を汲んだ政治をし続けていたのだ。


 そして、澄河御影や妙見大佐のようなごく一部の人々が、それに対抗する手段を準備していたということになる。



「それでは、まず、私が知る限りの魔界大戦の話をしよう」


 ベルディグロウがそう言ったので、リサは姿勢を正す。


「うん」


「リサ、あの日、言いつけを破ってひとりで魔族に会いに行ったな?」


「……思い出した。たしか、魔侯爵を名乗る人からメッセージをもらったんだ。ひとりで来いと書いてあったから、ひとりで行った」


「私たちふたりにバレないように、深夜にな」


「ごめんなさい……」


「それに気づいた私は、リサのあとを追った。そこで見たのは、星芒具を焼失したリサが、空冥術なしで魔侯爵ふたりと戦っているところだった。私は当然加勢した」


++++++++++


 約一年前、魔界ヨルドミス。


 魔界大戦が始まってから十日経った夜、ベルディグロウはそろそろ、リサのケアが必要だと考えた。そのころにはすでに、リサは不毛な戦争に辟易していたからだ。ひと目、見て解るほどに。


 軍人たちは夜は星辰艦の居室で寝泊まりしている。彼は温かい飲み物を用意し、リサの部屋の扉をノックした。


 返事はない。


 声を掛けてから開けると、部屋はもぬけの殻だった。


「またか!」


 ベルディグロウが叫んだのは、、だった。リサは度々、単独行動を行う。それで危機に陥ったこともあるというのに。


 リサは絶望的に、自分のこととなると、鈍い。


 ベルディグロウは飲み物を置いて、大剣を背負った。


「フィズナー! リサが消えた!」


 ベルディグロウは別室で寝ているはずのフィズナーを起こしに行ったが、彼もいなかった。だが、彼がいない理由は思い出せた。


「……そうか。クシェルメート陛下との面会だったか。こんなときに」


 ベルディグロウは星辰艦から飛び出し、リサがどこへ行ったのかを探した。周辺は星辰艦だらけで、見通しが悪い。


 その代わり、星辰艦群の間を夜間巡回している日本軍人などを見つけることができた。ベルディグロウは、そういった軍人を見つけては、リサを見かけなかったかと片端から訊いていく。


 ほとんどの軍人は、リサを見なかったと答えた。だが、たったひとり。自分の星辰艦の掃除に執念を燃やしている若者だけが、彼女を見たと答えた。


「あっちのほうへ走っていきましたよ」


「そうか、感謝する」


 ベルディグロウは示された方向へと向かって走った。これで追いつける保証はない。だが、真逆の方向に走っていくよりはずっといい。


+ +


 魔界の山岳地帯のうち、滝にほど近い場所で、魔侯爵ガリウスと魔侯爵ゲルティシャは待っていた。


 どちらの魔侯爵も浅黒い肌をもち、白い髪をもっていた。だが、ガリウスが長髪で青い目をもつのに対し、ゲルティシャは刈り上げたほどに髪が短く目は赤かった。


 そこへ、リサがひとりで姿を現した。その事実に、ガリウスはやや驚いたようだった。


「まさか、本当にひとりで現れるとはな」


「そっちも事情があるんでしょ? なら、そっちの事情も汲んであげる。そうじゃないと、話にもならないだろうから」


 日本の軍服を着て、星芒具を装着したリサはそう言った。


 それを聞き、ゲルティシャは暗闇の中でニヤリと笑うと、急に両膝を地面につき、大泣きし、リサを泣き落としに掛かったのだ。


「おお、なんとありがたい、『旧き女神の二重存在』よ! 私たちはあなた様の到来をお待ち申し上げておりました! 私はゲルティシャ。新参の魔侯爵でございます! 私たちは魔王陛下に脅されていたのです! こんな戦いなど終わらせたい!」


「いや、こっちも終わらせたい側なんだけどさ」


「そうでしょうとも! しかし、魔王陛下は聞き入れてくださらない。この星辰界すべてを手中に収めるまで戦うのだと。ですが、それは平和の精神に反するものです」


「それはまた……本当に?」


「魔王陛下は事実がお見えになっていないのです! ですが、『旧き女神の二重存在』たるあなたが説得をしてくだされば、話は別です。魔王陛下も聞き入れるでしょう」


「……なんで?」


「それは、われら魔族の信仰する古真正教は、旧きディンスロヴァを奉じているからです。それゆえ、旧き神のお言葉であれば――」


「わたし、そういう実感ないんだけど……」


「実感など結構です。ぜひ協力なさってくれれば、それでいいのです」


「……わかった。協力する。それで戦争が終わるなら」


 リサの回答に、ゲルティシャは歓喜の声をあげ立ち上がった。


「では、あの城、銀天城への鍵をお渡しします。手をお出しください」


 ゲルティシャに言われるがまま、リサは手を出した。ゲルティシャも手を出した。しかし――。


 ゲルティシャはリサの額に向けて指をさし、呪いを掛けた。


「お……ま……え……」


 突然、リサの動きが緩慢になった。これは動きが遅くなる呪いだ。ゲルティシャは高い声で笑いながら、後方へと跳びすさった。


 リサは攻撃に移ろうと、星芒具を起動した。しかし、あまりにも遅い。


 その間に、ガリウスが接近してきて、空冥術をリサの左手に当て、彼女の星芒具を燃やしてしまった。


 桁外れの戦闘力を誇る空冥術士であるリサも、星芒具がなければ空冥術が使えない。空冥術が使えなければ、ふつうの二十歳の日本人女子だ。


 ここでようやく、動きが遅くなる呪いが解ける。


「この、卑怯者!」


「卑怯だの何だのと騒げるのは、生きている者だけよ!」


 ゲルティシャの拳が、リサの額を狙う。



 そこへ、ベルディグロウが到着し、大剣でゲルティシャの右腕を斬り落とした。絶叫するゲルティシャ。


 ベルディグロウはリサの前に立ち、魔侯爵ふたり――ガリウスとゲルティシャを相手に対峙した。


「人間風情が、魔侯爵相手に勝負を挑むだと!?」


 ガリウスが腰の剣を抜き、ベルディグロウに斬りかかった。ふたりは激しい応酬を繰り返した。しかし、大剣を持っているはずの、巨体のベルディグロウが、ガリウスの剣の一撃ごとに足が地面から浮くありさまだった。


 やはり魔族――魔侯爵は強い。ベルディグロウはそう確信せざるを得なかった。だが、負けてはいられない。リサを取り戻さなければならないのだから。


「グロウ!」


 リサは叫び、星芒具も失ったのに、加勢しようとした。だが、それをゲルティシャが蹴り飛ばす。


「なんだあ、腕の一本、取ったくらいでいい気になるなよ、小娘!」


 ゲルティシャは、地面に転んだリサを、容赦なく踏みつける。何度も、何度も。


「やめろ!」


 ベルディグロウが叫んだ。そこで、ゲルティシャは止まる。


「やめて欲しかったらなあ、剣を捨てることだ。そして、ガリウス卿の一撃で冥界へ旅立つことだな!」


 選択肢はない。


 ベルディグロウは大剣を地面に捨て、仁王立ちした。あとは斬られて死ぬのみだ。これではリサを救えないのはわかっている。だが、戦いを続けてもリサを救えない。万事休すだ。


 ガリウスは高笑いしながら、剣を掲げた。そこに、空冥力が集まり、稲妻が走った。魔侯爵の全力の一撃――兵士の軍勢さえもひと薙ぎで壊滅できる一撃が来るのだ。これを無防備に受けて、生きていられる人間はいない。

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