第五章 後遺症
第五章 後遺症(1)傀儡
リサは、ラミザと暮らしているアパートに帰った。
しかし、リサの記憶が戻ったということを端緒として、ラミザは家を空けるようになった。残る『哲人委員会』メンバー六人を殺しつつ、『神界の鍵』と呼ばれるものを奪い取るためだ。
その代わり、赤毛の男・フィズナーと黒の長髪の男・ベルディグロウが様子を見に来てくれるようになった。
これまで、フィズナーとベルディグロウは、リサのために、ラミザとともにヴェーラ惑星世界じゅうを探し回ってくれていたのだそうだ。リサはその話で気づいたが、ふたりの武器がヴェーラ製のものにアップグレードされている。長い時間が経ったことが感じられる。
三人はテーブル椅子に座り、これまで何が起こっていたのかを共有することにした。テーブルの上には、三人分のコーヒーカップが置いてある。
「わたしが憶えているのは――」
リサが憶えているのは、アーケモス大陸での戦争だ。オーリア帝国とイルオール連邦の戦争を停戦まで戦い抜いた。
その戦いで魔族に大打撃を与えたが、空から得体の知れない宇宙船がやって来て、無差別攻撃を仕掛けてきた。だが、それはいつの間にか消え去った。
いま思えば、あの赤い宇宙船はヴェーラ軍のものだったのだろう。
そこで、フィズナーが衝撃的なことを言う。
「あのヴェーラ軍の星辰戦闘艦というやつは、リサを発見したから制圧に来ていたんだそうだ」
「え? わたし、を――?」
「思えば、あの頃から『哲人委員会』はリサに目を付けていた。その後の魔界大戦は、表向き魔界ヨルドミスを制裁するためのもの。しかし、本当の目的は――」
うなずきながら、ベルディグロウが低い声で言う。
「リサ、あなたを捕らえるための罠だった」
リサはテーブルに肘をつき、手の上に頭を乗せた。頭が重いのだ。まだ話が理解できない。
「ちょっと待って。ヴェーラ政府は、わたしを捕らえるために、あんな大がかりなことを?」
フィズナーはうなずきながら頬を掻く。
「これは俺もまだ、上手く理解できてないんだが、このヴェーラには統一政府というものがないらしい」
「うん?」
「ほら、あれだ。たとえば友達が儲かりそうな店をやりたいとする。でも、店を始める金がないとする。じゃあ、お前どうする?」
「お金を、貸す……? それか出資するかな」
株や債券のようなものだと、リサは思った。
「ヴェーラ惑星世界は、それに近いことで回っているらしい。だけど少し違うのは、その店が発行した証文はどこでも使えるらしい。その店が儲かっている限りは」
リサは首をかしげる。それは株や債券とは少し違う。似ているものがあるとすれば——。
「……通貨になるってこと?」
「そういうことみたいだ。だから、ヴェーラの通貨はひとつじゃない。いろんな店、公共事業、賭博事業、交易事業……。その他もろもろの事業の結果が、俺たちの財布に入ってる。財布の中身は、いろんな事業の儲かり具合と常に連動してる」
そう言って、フィズナーは星芒具の通貨・決済機能を見せてくれた。
リサが覗くと、通貨の合計額が刻々と変動しているのが解る。まるで株券がそのまま通貨となっているようだ。
「そうなると、誰もかも、儲かる事業が発行する通貨を欲しがるだろうね」
「そうだな。そして肝心なのは、ヴェーラ軍さえもが、そういった事業のひとつにすぎないってことだ。軍は金になりそうなところに侵略計画を立てて、この通貨めいたものを発行する。人々がその通貨を買い取って、軍は資金をつくる。当たれば大儲けだ」
軍までもが独自通貨の発行体か。リサはうなる。理屈として可能であることは解る。軍発行の、通貨として使える株式。そう思えばいい。そうすれば、ヴェーラ軍は地球の歴史でいう東インド会社の発展版のようなものだ。
「……つまり、お金持ちが何でもできるってこと?」
「まあな。協力者のベルリスが言うには、本来的には民主的な方法だったらしい。一人ひとりがいいと思う事業に出資することで成立するような。そのために、ヴェーラ惑星世界は中央政府をなくして、権限を民衆に分散した」
「……じゃあなんで、『哲人委員会』みたいなのがいるの?」
「ベルリスの話だと、一度金持ちになると、次の出資で有利になる。これを何世代も繰り返してきたらしい。結果、金持ちはどんどん金持ちになった。民衆のための仕組みが、一部の金持ちのための仕組みに変わっちまった」
なんて
……いや、そういうものだろう。最初はみな、平等で民主的な方法だと考えたに違いない。そういう過ちは、往々にしてある。
「そうして生まれたのが、『哲人委員会』ね……」
「魔界での戦いだって、魔界に向かったヴェーラ軍を『哲人委員会』が買い取ったからああなったそうだ。リサ、お前ひとりを標的にした戦争に」
フィズナーのその言葉を聞いて、リサは大きな溜息をつく。なんという莫迦げた世界なのだろう。このヴェーラという惑星は。
さらに、ベルディグロウが情報を追加する。
「しかも、『哲人委員会』の七つの氏族には、信仰上の特権があるそうだ。奴らは神界レイエルスの天使の声を聞ける。それゆえ、奴らの行動は常に正当化される」
「つまり、ヴェーラという惑星は『哲人委員会』に乗っ取られていて、彼らは金の力と宗教の力で不動の地位を築いているということね」
ベルディグロウは首肯する。
「そして、リサ。あなたは『旧き女神の二重存在』と呼ばれる身。『哲人委員会』や天使にとっては、邪魔な存在だったというわけだ」
「邪魔……か。そういうこともあるのね。日本やアーケモス大陸、それに魔界では、みんなわたしを味方に付けたがっていたけど、その逆もあったのか。そこに気づかなかったのは、わたしの未熟さだ……」
事実、リサは、これまで、
・日本国国防軍には『日本最強の空冥術士』と褒めそやされ、
・『人類救世魔法教』には巫女になるよう勧誘され、
・『大和再興同友会』にはヴェーラ人を討つ仲間として加入を請われ、
・『黒鳥の檻』にはイルオール正統教会の巫女になるように言われ、
・ オーリア帝国皇帝には『旧き女神の二重存在』として婚約を申し込まれ、
・ 魔族には『古真正教』の信仰の再建の要とまで言われたのだ。
まさかこの流れで、邪魔になるから捕まえて辱めようという勢力がいようとは。だが、『哲人委員会』のなりたちが、現在の神の天使によって支えられているものだと考えれば、辻褄は合う。
リサは溜息をつく。
「そんな事情も知らずに、わたしは魔界に向かったわけだ。アーケモス・日本合同軍の一員として」
フィズナーがうなずく。
「いまとなっては違和感も理解できる。なぜ魔界大戦に、アーケモス・日本合同軍まで駆り出されたのか。あれは、オーリア帝国にも日本にも、政治の裏側にヴェーラ軍の支配が及んでいたせいだ」
「つまり、『大和再興同友会』の言っていたことは正しかった、と。それをわたしは、高校生のときに潰してしまったわけか……」
「いや、そこはそんなに落ち込むところじゃない。あとで聞いた話だが、オーリア皇帝も、日本の
「じゃあ、秋津洲財閥、いや、
「偽装だな。現に、あの組織は『大和再興同友会』撃破と共に解体されただろ。澄河御影にとっての本命は、『総合治安部隊』であり、リサ、お前だったんだ」
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