第四章 堕天の咎人
第四章 堕天の咎人(1)聞こえない音
リーザはラミザと共に、待ち合わせをすることになった。待ち合わせ場所は大きな建物の前。
リーザは以前買ってもらった、橙色の、ヴェーラ人らしいズボンつきワンピースを着ている。
待ち合わせの時間は完璧だったのだろう。ふたりがそこへ着くと同時に、待ち合わせ相手の男ふたりが現れる。
そして男ふたりは、誰かの名前を叫ぶ。
「■■!」「■■!」
だが、リーザには、それが誰の名前なのかを聞き取ることはできなかった。
「お前、『下界』のその……ひどい場所にいたって本当か!?」
赤毛の男がリーザの両肩を掴んで揺さぶったが、彼女にはいまひとつピンとこなかった。
「ひどい場所……?」
リーザはどうしても、なぜこの男たちがこんなにも悲しそうな顔をしているのかわからなかった。
「あの、わたし、ひどいこと、しました?」
リーザは他者の表情から状況を察しようとする癖がある。彼女は自分のこととなると、極端に、鈍い。
ラミザが現状を端的に述べる。
「■■の記憶は戻っていないわ」
それを聞いた男たちは泣いていた。リーザには、どうしていいかわからない。こんなに悲しそうな人々の顔を、ずっと見ていられないのだ。
赤毛の男は言う。
「ここで乗り込むか。ヴェーラ軍に戻ってきたルーたちの協力を仰ぐことも可能だと思うが」
もうひとりの男――黒い長髪の男がうなずく。
「ああ。だが、私はこの身を捨てる覚悟。『哲人委員会』を
男たちふたりの意見に対し、ラミザは答える。彼女の声には、静かな怒りが込められている。
「いますぐに行くわ。代償を払わせるのは、いま」
ラミザの覚悟が伝わったのだろう。赤毛の男も、黒髪の男も、首を縦に振る。
「行こう」「ああ」
リーザは、彼らはそれ以上喋れないのだと悟った。溢れんばかりの怒りの感情が喉につかえている。そんな様子だ。
出発前に、ラミザはリーザに星芒具を手渡そうとする。
「これから荒事があるわ。念のために」
そう言って手渡された星芒具に触れた瞬間、リーザは急激に胃が収縮するのを感じ、また盛大に吐いた。
「お、おい。■■!」
赤毛の男が何かを言っている。心配してくれているとリーザにはわかったが、それに返事をする余裕はなかった。
「……まだ駄目なのね。ごめんなさい」
ラミザは星芒具を受け渡すのはやめ、自身の外套のポケットに仕舞い込んだ。
「ううん。それ、触れなくて、ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃないわ。すべて、あなたにプロテクトを掛けた輩が悪いの」
――プロテクト。
リーザは思い出した。以前も、ラミザはそう言っていた。誰かが、星芒具に触れられないように『それ』を施したのだと。
ラミザは、しゃがみ込んでいるリーザの手を取り、立たせる。
そして、こう言うのだ。
「急かすようで悪いけれど、行くわよ、■■」
どうしても、リーザには、■■の部分が聞き取れない。耳は聞いているのに、頭が拒否しているかのようだ。
「行くって、どこに?」
「この建物よ。ヴェーラ最大の軍需企業『アスロ=ラズルハーン』本社。ここが元凶のひとつ」
「ええと……?」
リーザが不思議そうな顔をしていると、ラミザは微笑む。
「簡単に言うと、ここには悪いやつがいるから、懲らしめないといけないということよ」
++++++++++
ラミザを先頭に、リーザと男ふたりは、『アスロ=ラズルハーン』のビルへと入っていく。
すると、ラミザのもとへ、受付用の機械がやってくる。ラミザは機械に向かって決然と言う。
「ソイギニィ・ジャコイを呼んできなさい」
しかし、受付機械の回答はそれを断る。
『会長はお会いになれません』
「この上の、会長室にはいるのよね」
『お答えできかねます』
「では限りなく早く伝えて。神罰を下すと」
『メッセージを受け取りました。しかし、未読が千件を超えています』
「結構。神罰というメッセージを読むことも叶わず、この世から消えることになるのよ。『神の代理人』を気取るとは滑稽だわ」
そうこうしているうちに、彗星銃を構えた兵士たちが二十人ばかり駆けつけてくる。そして、ラミザやリーザたちを包囲する。
ラミザは星芒具から黒い大剣を召喚し、それを振るう。
「……なんだ。ちゃんと受け取っているんじゃないの」
リーザを中心に彼女を護りながら、ラミザやふたりの男たち――赤毛と黒髪は、兵士たちと交戦する。
彗星銃の攻撃は空冥術士にも有効だ。それゆえ、撃たれる場合にはきちんと防御をしなければならない。中心にいるリーザは空冥術を使えないから、彼女を護るときはなおのこと、しっかりと盾を展開しないといけない。
しかし、圧倒的だ。赤毛の男は対人戦闘に熟達していて、敵の射撃を剣で防ぎながら、的確に敵の武器を破壊した上で、致命打を加えていく。
黒の長髪の男は、大剣を振り回し、対人戦闘としてはオーバーキルな斬撃で敵を斬って捨てていく。この男の武器は、本来は巨大な怪物に適応したものなのだろう。
そしてラミザは、人間離れしていた。黒い大剣を一振りすれば、敵が数人まとめて輪切りになって床に落ちる。
兵士たちを
床に散らばる死体の真ん中で、リーザははっとした。周囲であまりにも常識外れなことが起きていたので、現実感を失っていたのだ。
戦っていた三人はそれぞれに剣を振るい、血を落としていた。ここはまだまだ前哨戦だ。戦いはまだ終わっていない。
ラミザはリーザに言う。
「さあ、■■。行くわよ。トランスポーターで上の階に上がるのよ」
相変わらず、■■の部分は聞こえなかったが、リーザはうなずいた。だが、同時に疑問に思う。「どうしてわたしが、ここに来る必要があったんだろう?」と。
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