第四章 堕天の咎人(2)慟哭

 リーザたちの乗ったビル内のトランスポーターは、最上階まで上昇するはずだったが、途中で止まってしまう。


 ラミザが星芒具のついている左手で制御盤を触ったが、状況は変わらない。


「止められたのか?」


 赤髪の男が言った。ラミザは溜息をつき、首を縦に振る。

  

 リーザもなるほどと思う。この上にいるのが悪者なら、悪者が自分のいる階まで招いてくれるとは思えない。


「そうね。ここで立ち往生させる気か、それとも、この階に何かを用意しているか。……ちょっと下がってて」


 そう言うと、ラミザは黒い大剣を振りかぶり、トランスポーターのドアを叩き割った。


 ラミザ、そしてリーザや男ふたりが、途中で止まった階へと飛び出す。ここは充分に高層階らしく、窓の外の星辰界の風景――星々の景色が美しい。


 しかし、非常におぞましい生き物(?)が跋扈ばっこしていた。


 目が奇数個――見たくない。


 脚が奇数本――見たくない。


 身体の大きさが人間の倍――見たくない。


 口がその巨体よりも大きく開く――見たくない。


 そんな魔獣が、何頭も歩いてくる。ざっと見ただけで、十以上はいる。そのうえで、先程より大きな彗星銃を持った兵士が無数にいる。


「魔獣までつくっているのか、『アスロ=ラズルハーン』は!」


 そう言ったのは赤毛の男だ。彼は剣を構え、どれから倒そうか思案している。それに対し、黒の長髪の男が答える。


「私は大きいのを潰そう。人間のほうを頼む」


「了解した!」


 そこへラミザが割り込む。


「わたしは大きいのも小さいのも、まとめて吹き飛ばすから、巻き込まれないようにしてね」


 なんという恐ろしい忠告だろう。だが、たしかにラミザの黒い大剣には得意不得意などなさそうだ。あの大剣は破壊の化身だ。触れるものすべてを粉々に弾き飛ばす威力がある。


 手加減をするほうが難しい――そういうたぐいのものだ。


 そんな折、館内放送で、不快な声がする。


『ここまでご苦労。われら「哲人委員会」の敵がのこのこやってくるとはねえ。ここで貴様らを潰して、天使さまへの捧げ物としよう。まあ、魔獣や携行式対戦車砲で肉片が残ればいいところだが』


 とにかく上から目線の発言だった。だが、ラミザも負けてはいない。


「天使への捧げ物ね。……それにしてはもったいなさ過ぎる。そんなこともわからないとはね」



 巨大な魔獣たちが襲いかかってくる。それと同時に、兵士たちが砲を撃ってくる。あまりにも強烈な攻撃。数秒と経たずに床が割れそうになる。


 リーザは一瞬で理解した。敵の兵装は人間に対するものではない。もっと巨大な兵器を破壊するためのものだ。


 ……だが、結果はどうだろう。ラミザも、赤毛の男も、黒の長髪の男も、それぞれに得意な戦法で敵を打ち倒していく。


 表現するなら、順に、赤毛の男はテクニカル、黒の長髪の男は豪腕だ。ただひとり、ラミザだけは、そういった表現とは異なる。いうなれば『破裂』だろうか。振るった黒い大剣に巻き込まれた者は例外なく、赤い塊となって飛び散る。


 結果は一目瞭然だ。ラミザたちの圧勝。あれだけ恐ろしげだった魔獣も、対戦車武器を持っていた兵士たちも、すべて地に伏している。……または、ラミザがやったものについては、なにかの破片へと化している。


「さあ、ソイギニィ・ジャコイ! 下りてきなさい! いくら魔獣や兵士をけしかけても無駄!」


 ラミザはそう吠えた。だが、返事がまったくない。


 返事がないことに対する、ラミザの対応は早かった。黒い大剣を振るい、この建物の柱を三本破壊したのだ。


 すると、この部屋の半分が潰れ、上の階が傾く。


「聞いているか、ソイギニィ・ジャコイ! すぐに下りてこなければ、この建物ごと叩き潰すことになるわ」


『……わかった。下りよう』


 館内放送で相手の諦めの声がした。


 

 おそらく、相当上の階にいたのだろう。建物が曲がってトランスポーターも使えない現状、下りてくる手段は階段だけだ。


 しばらく待ったのち、ソイギニィ・ジャコイが姿を現した。ヴェーラ惑星世界最大の軍需企業『アスロ=ラズルハーン』の会長――。


 その姿を見たとき、リーザは身体中が震えるのを感じた。


 知っている。


 そのかおを、その声を知っている。


 あああああああああああああああああああああああああああ。


 頭が割れそうに痛くて、リーザは両膝を床についた。そして、頭を掻きむしる。だが、どれだけ掻きむしっても『そこ』には届かない。なにせ『そこ』は脳の奥底にあるのだから。


 感情。そうだ、感情だ。


 リーザはそれを思い出した。わたしには、感情がある。


 あああああああああああああああああああああああああああ。


 怒り、憎悪、恐怖、そして惨めさ。


 すでに、両の頬は涙でびしょ濡れだ。


「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 リーザ、いや、■■はそこで理解した。この慟哭どうこくは、自分の声だ。先ほどから叫んでいるのは、自分だ。


「わ、わたしは――」


 そうだ。わたしは、この男たちをはじめとした『哲人委員会』に敗北した。いや、この男たちが奉じる天使たちに敗北したのだ。


 そして、『哲人委員会』は、およそ考えうるありとあらゆる暴行と辱めを行い、限界以上の快楽物質を摂取させては脳と身体と心を穢し、隅々まで弄んだのだ。


 そして、壊れきった■■を、殺すよりもなお穢し続けることを欲し、娼館へ落としたのだ。そして、その娼館さえも転々とし、なお奈落へ落ち続けた。


 ラミザが黒い大剣を持っていないほうの手で、■■の肩を揺さぶる。涙は止まらない。目が熱い。呼吸する度に肩が上下する。


 それでも、■■は立ち上がった。そして、ラミザの外套のポケットに入っている星芒具を手に取る。これは新しいものだ。なにせ、これまで使っていたものは、『哲人委員会』に捕まったときに焼かれたのだから。


 いまなら星芒具には、するりと左手が入る。そして、手首、肘、その中間の三カ所の留め金を止める。連繋言語が起動し、空冥と接触する。


 ■■は左手を前に出す。そして目を瞑る。


「リサ!」


 ラミザの声がよく聞こえた。


 そうだ。みんな、わたしの名前を呼んでくれていたんだ――。


 リサの左手に、光の槍が出現する。


「よくも、よくも、わたしを――ッ!」


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