第四章 選民の天上(4)「好き」を焼く?
授業時間が終わって、生徒たちはみな荷物をまとめて教室を出て行く。
リサはその様子が不思議で、ラミザに訪ねる。
「ねえ、ラミザさん。みんなどこへいくのかな?」
「次の授業が別の部屋で行われるから、移動しているのよ。みんな取っている授業が違うから、一斉に同じ場所に移るわけでもないの。で、リーザはこの授業だけだからきょうはおしまい」
「おしまいかあ……」
リーザはぐんと背伸びをした。
「どうだった? リーザ。授業を受けてみて」
「文字が読めないので、ラミザさんが読み上げてくれて助かりました。でも、問題はなんとか解けたようでよかったです」
「そう。それなりに楽しめたのね」
「はい。ちょっと疲れたけど、楽しかったです。……いろんな年齢の人がいたみたいですけど、どういう集まりなんです?」
リーザの質問は、ヴェーラ惑星世界の学制に関わることだった。ラミザはそれについてすでに人づてに聞いてあったので、答える。
「ここヴェーラ惑星世界では、一定の試験をパスしたら上の学年に上がれるのよ。標準年齢は定められているけど、早くても遅くても気にしないみたいよ」
「だから、十二、三歳くらいの子や、大人みたいな人もいたんですね」
「まあ、この内容は、あなたの国では、十八歳くらいにやるようなものらしいけれど――」
ラミザの物言いは、リーザには不可解だった。
「わたしの、国?」
「いえ、忘れてちょうだい。いまのは、そう、言葉の綾」
「えっと、ラミザさん、わたしって、十八歳くらいなのかな?」
リーザはそうラミザに訪ねたが、ラミザは即答しなかった。いや、しなかったというより、何か胸に突き刺さるものがあって、即答できなかったという様子だ。
「いえ……。あなたは、二十歳くらいのはずよ」
「そうなんですね。わたしもがんばって追いつきたいですね」
リーザの貼り付いたような笑み。ラミザはそれを見て、また心を痛めるのだった。
++++++++++
リーザとラミザの、アパートでの穏やかな日々は続く。
ラミザはときどき、通信機を使って他の誰かと連絡を取っているようだ。だが、その内容はリーザには教えなかった。しかも、通話の相手は複数いるようだった。それでも、リーザはそれを詮索する気はなかった。
たとえば、学校の授業を受けるために『バルノン公爵』という人が何かをしてくれたことは推測できる。そんなふうに、いろんな人が手助けしてくれているのかもしれない。
けれど、ラミザがそれについて言及しないということは、いまはまだ、リーザに知らせる時期ではないのだろう。リーザはそう考えて、あえて訊かずにいる。
ラミザと暮らすようになって、リーザは料理を少しずつ覚えた。それは、覚えたというより、思い出したというほうがふさわしいくらいの覚えのよさだった。
昼や夜は外食が多かったが、朝は決まって、ふたりでごはんをつくった。パンと目玉焼き。そして加工肉を焼いたものを添えて……など。果実のジュースと一緒に採ると気分がすっきりする。
リーザは、朝の料理はいいものだと思った。一日の始まりをより良くしてくれる感じがある。そしてなにより、ラミザと一緒にするということが楽しい。
++++++++++
ある日の夜、ラミザはこんなことを言いだした。
「お好み焼き、というやつをつくってみましょう」
リーザは口をぽかんと空けて聞いていた。なにせ、聞いたこともない料理だ。どういうことだろう。『好き』を焼く?
「すき焼き?」
「違うの。お好み焼きよ。別の惑星世界の食べ物で、わたしも一度しか食べたことがないのだけど、以前、レシピを調べていたのを思い出したのよ」
ラミザはそう言って、アパートのキッチンに立ち、下ごしらえを始める。
大量の小麦粉と玉子。それに魚介のダシを混ぜている。なかなかの重労働に見える。朝食づくりの手軽さとは天と地ほどの差がある。
リーザがその様子を見ていると、ラミザが指示を出す。
「保存肉があるから、それを薄く切ってくれるかしら」
「うすく?」
「だいたいでいいのよ。ああ、それから、そっちのキャベツ――の代わりの野菜をみじん切りに」
「大きさは?」
「あなた、大きさを伝えたら厳密にやろうとするでしょ。だから適当でいいのよ」
リーザは確かにそうだと思った。なので、それ以上指示を仰ぐことはやめて、肉を薄く切り、野菜をみじん切りにした。適当にだ。
「できました」
「適当にやった割には、おおよそ欲しかったくらいのものになってるわ」
ラミザはそう言って、小麦粉ベースの液体に野菜のみじん切りを混ぜていく。さらには、エビ、イカなど海産物も細かく切って加えていく。
そして、フライパンで肉を焼き、その上に小麦粉野菜海鮮液を掛けていく。
「お菓子みたいですね」
「でしょう。でも、甘いものじゃないのよ。肉とエビが入っているもの」
「あ、そっか」
焼き上がって焦げ目が付いてくると、ラミザはその上にソースを掛けていく。
「これで大丈夫かどうかわからないけど。海鮮エキスのソースに、サワークリームを載せてみたわ。味はどうなるかしら……」
最後に、それを皿に移して完成となった。ラミザいわく、この一枚の大きな円盤を、ふたりでわけで食べるのがたしなみだという。
ラミザは『お好み焼き』をテーブルへと運び、リーザはふたり分の取り皿とカトラリーを並べた。そして席に着く。
「いただきます!」
どこで学んだか定かではない作法と共に、リーザは『お好み焼き』を切り分け、小さく切ったものを自分の取り皿に載せる。そして食べる。
「サワークリームの味がちょっと強いですね。でも、お肉もエビもイカも美味しいです。じゅわっと美味しいのが広がる感じで」
はしゃぐリーザを見て、ラミザは微笑む。
「ええ、狙った味とは少し違うけど……。ヴェーラ惑星世界で再現できるのがわかったのは収穫だわ」
食べながら、リーザはラミザに質問する。
「料理って面白いですね。別の惑星世界の食べ物だって言ってましたけど、ラミザさんの出身地ですか?」
その問いには、ラミザは目を伏せる。
「さあ、どうかしら」
++++++++++
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