第一章 役に立つは嬉しい

第一章 役に立つは嬉しい(1)対話 ①

 リーザは、ラミザに食料をもらい、それを食べながら彼女の質問に答える。あの安い娼館の食べ物は少なく、いつもお腹を空かせていたので、とてもありがたい。


 ふたりは、向かい合って座った。中心街の喧噪から離れた、建物と建物の間の、汚いながら比較的静かで会話ができる場所で。


 けれども、ラミザの問いは、リーザには難しいものが多かった。問われるたびに、リーザは少し回答を思案する。


「ええと、お仕事ですか? いつもですよ。お客さんたち、いつも満足そうだし。人が嬉しそうなの、わたしも嬉しいので」


「――」


「はい、わたし向いてるかなって。たくさんの人がくれるんですよ」


「――」


「たまに泣き出す子いますけど、わたしは座ってるだけで選んでもらえることが多いですし……。我慢? です」


「――」


「ほんとうに、我慢わからないです。自分の顔は鏡を見ないとわからないですけど、お客さんが楽しそうなのは、すぐ見てわかるので」


「――」


「嬉しいがすぐにわかるのは、とてもことだと思います」


「――」


「危険? ないです。たまに殴られますけど、死んだりはしないです。あ、骨は折れたかも。でも、危なくないです」


「――」


「そういうのが楽しい人だったんだそうです。なので、楽しんでくれてよかったです」


「――」


「いえ、さすがに。わたしはお店のものなので、売れなくなったらお店が困りますから」


「――」


「なにで叩かれても死にませんよ。なんとかなりますし」


「――」


「痛いかもしれないですけど、耐えられない痛みは想像できないです」


「――」


「わたしが死んだら、お店はひと儲けしますよ。わたしのお客さん多かったので」


「――」


「お店もきっと臨時収入で、部屋を豪華にできると思います」


「――」


「……どうしたんですか? 体調悪いですか?」


「――」


「はい、わたしの体調? いつも普通です」


「――」


「わたしは動けなくても困りませんですし」


「――」


「ぜんぜんむずかしい仕事じゃないんです。なのに、すごく喜んでくれる」


「――」


「お金もすごく動いているみたいなんです。すごいですよね」


「――」


「わたしですか? わたしはごはんをもらっているので」


「――」


「とても親切なんです。ごはんが少なくて倒れているときに、こっそり少し増やしてくれたり」


「――」


「でも、お客さんやラミザさんが体調悪いのは、困るです」


「――」


「す、すみません。一緒にしちゃだめ、ですか……」


「――」


「いえ、わたしわかっていなくて。ラミザさんはたぶん、普通のお客さんと違うんですよね」


「――」


「髪? 髪ですか? たぶん、まえはくしゃくしゃだったんですけど、お客さんに選んでもらえるように真っ直ぐにしてもらったんですよ」


「――」


「ええと、自分で頼んだというか……」


「――」


「いくつか前のお店の人が、くしゃくしゃ嫌いで」


「――」


 勝手にされたのか? とラミザは訊いた。


「勝手にといえば……。わたしの持ち主でしたし」


「――」


「それに、ちゃんとお客さんも増えたんですよ」


「――」


「毎晩忙しくなるくらいでした。いまでも感謝してるんです」


「――」


「ほかにもいろいろ綺麗にしてくれて。眉も綺麗をしてもらったりで」


「――」


「わたしにたくさんお客さん来ると、呼ばれない子に叩かれたりしました」


「――」


「その子も嬉しくしてあげたかったです」


「――」


「なので、いっぱいいっぱい叩かれました」


「――」


「わたしを叩いて嬉しいお客さんもいるので。あの子も嬉しくなってくれたらです」


「――」


「昔のことはよくわからないです。いくつかの娼館にいましたけど、たぶんずっと娼館だと思います。ほかはわかりません」


「――」


「この惑星世界の外……?」


「――」


「すみません。惑星世界がわからなくて」


「――」


「アーケモス? 聞いたことがあるかも」


「――」


「もしかしたら、お客さんにアーケモスのかたが――」


「――」


「それはない、ですか。早とちりすみませんです」


「――」


「ラミザさん、あなたが新しい持ち主さまですか?」


「――」


「でも、わたし、持ち主さまがいないと困ります。いなかったことがないので」


「――」


「持ち主さまがいないと、どうしたらいいかわからない……」


「――」


「持ち主さまに捨てられた子は、犬に食べられると聞きました」


「――」


「犬に食べられるのはいやです。お客様を喜ばせたいので」


「――」


「ひとりでもたくさん、喜ばせると。違いますか?」


「――」


「あの、お役に立ちますから。あの、えっと、なにができるかは忘れてしまったけど、なんでもいたします」


「――」


星芒具せいぼうぐ? これ、ですか?」


「――」


 ラミザはリーザに星芒具を渡そうとする。リーザの左腕に、あるべき籠手状の端末――星芒具がないからだ。この地では、星芒具がないことは、財産を所有できないことと等しい。

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