第十章 あったかもしれない(5)対魔族

 レグロスの大剣の一撃を、フィズナーは剣を中心に空冥力の盾を展開し、防御する。


 たしかに、一撃が重い。だが、確実に弱っている。


 フィズナーは攻勢に出る。振り回される大剣を、フィズナーは上手く捌いていける。それどころか、相手より多くの攻撃を繰り出し、レグロスを防戦に持ち込むことさえできる。


 圧倒的優勢。


 フィズナーはレグロスの右腕を切り落とした。大剣を取り落とし、もはや拾うことも叶わない黒魔騎士。


「畜生、ラムス卿! おい、ラムス卿!」


 レグロスは後ずさりながら、振り返る。そこには、魔侯爵ラムスが立っていた。だが、彼はなにもしない。


 そのとき、気がついた。レグロスは、自分がことに。


 フィズナーはレグロスに剣を突きつける。


「降伏しろ。そうすれば、命ばかりは取らん」


 降伏勧告に対し、レグロスはただ、逆上する。


「四大魔侯爵のひとりが、人間相手に降伏などするものか! 虫けらどもは、強者に搾取されるのがお似合いだ!」


「……そうか」


 フィズナーはレグロスの首をはねた。いかに頑丈な身体を持っているとはいえ、空冥術が使えないいまのレグロスは、空冥術で強化されたフィズナーの剣にとって、容易く斬れるものだった。


 首が落ち、黒い甲冑を着込んだ巨体が倒れる。

 

 ついに、フィズナーは、元主人たる公爵令嬢ラルディリース・グム=ジル・デュールの人生を狂わせた仇を討ち滅ぼしたのだ。



 そして、その向こうに、魔族ラムスが見える。


 ベルディグロウが彼に問う。


「どういうことだ、ラムスとやら。魔族は助け合わんのか?」


 ラムスはふっと笑う。


「レグロスは少し、おイタをしすぎた。それゆえ、ここで散ってもらった。なに、この地でのが大好きだった彼のことだ。本望だろうよ」


 破壊と殺戮を好むだけのレグロスと違い、このラムスという男は、まだまったく底が知れない。


 リサもフィズナーもベルディグロウも、それぞれに武器を構える。それを見て、ラムスも剣を真っ直ぐに構える。


「幸い、まだ時間はある。肩慣らしといこうか」


 リサは魔族相手に啖呵たんかを切る。


「お前が魔族とわかったいまなら……。手加減はしない!」


「ほう!」


 ラムスは嬉しそうな声をあげ、武器を構えた三人に向かって飛び込んできた。当然、狙いは中央にいるリサ。


 だが、一歩踏み出して空冥力の盾を展開したのはベルディグロウだ。ラムスの攻撃は彼に阻まれる。


 そして、フィズナーによる側面からの攻撃。武器を攻撃に使っているラムスは、側面に増幅器なしで空冥力の盾を展開する。


 だが、それをフィズナーは叩き割る。


 リサはベルディグロウの背後から、光弾を撃ち出し、ラムスにそれを浴びせていく。魔族だって身体強化しているはずだが、効いている。


 三人の連携が、上手く機能している。前衛ヴァンガード後衛リアガード、そして遊撃コマンドー


「……なかなか!」


 振り下ろされる、ベルディグロウの大剣。ラムスはそれを剣で受け止める。一見、大剣と中型剣であれば、打ち合いにならないように見えるだろう。しかし、ともに空冥術で強化されていれば、武器の頑丈さは見た目によらない。


 加えて、魔族の人間離れした基礎的な身体能力。ラムスはベルディグロウと何度も打ち合って、それでも押し負けない。


 そこへ、側面や背面からのフィズナーの襲撃。ラムスは何度も、彼の攻撃に翻弄され、空冥力の盾を展開しては破壊される。……しかし、拳や蹴りなど、体術でフィズナーに対抗している。


 はっと気づいたときには、ラムスの周囲にはリサの放った光弾が無数に接近していた。ベルディグロウが一歩退くと、ラムスが光弾の連射の餌食となる。


 一瞬、砂埃でラムスの姿が見えなくなったが、彼は健在だった。


「面白い。実に、お前たち、いいチームだな」


「そりゃどうも」


 ラムスの称賛に、リサは答えた。『いいチーム』――それが本心からなのか、皮肉なのかは、わからない。


 ラムスは剣を掲げ、そこに空冥力をため込む。黒い稲妻がそこにほとばしる。


「あれは――!」


 フィズナーやベルディグロウにとって、見覚えのある攻撃だった。ひと薙ぎであたり一面の人間を吹き飛ばし、敵味方の部隊を問わず殺し尽くす大技だ。


 それに対抗する手段は――防御しかない。


「旦那!」「ああ!」


 フィズナーとベルディグロウはリサの前に立ち、空冥力の盾を全力で展開する。リサを守るのだ。


 だが、リサは彼らの後ろで、落ち着いてたたずんでいた。むしろ、目を閉じ、集中力を高めようとしている。光の槍は消し去っている。


 そして、左手を前に出し、を掴もうとする。


「天弓――」


 リサの左手が掴んだのは、日の光に霞むほどの、弱々しく顕現した光の弓だった。続いて、彼女は弓に右手を添える。


「天弓、ヴィ――」


 リサの右手には、光の矢が出現する。そして、彼女はその矢を弓につがえる。


 それを見て、ラムスは言い知れぬ威圧感を覚える。だが、それと同時に、歓喜が沸き起こる。


「やはり、やはりそうか。その弓矢は、の象徴――!」



 しかし、そこで、味方側の陣営から「撤退!」の号令が掛かる。オーリア帝国軍人たちはみな口々に撤退を伝え合い、退いていく。


 遠くからは、崖の上から見た『新イルオール連邦』軍八百をはるかに上回る軍勢が迫りつつある。少なくとも、崖の上から見た軍勢を数倍している。


 これを以て、オーリア帝国軍はイルオール連邦前線要塞への攻撃を中止するというわけだ。


「……どうやらここまでのようだな」


 ラムスは剣に空冥力を集めるのをやめ、剣を下ろす。それを見て、リサも天弓の使用を解除する。どっと疲れが押し寄せてくるのを感じる。


 オーリア帝国軍の撤退。それだけではなかった。イルオール連邦側の兵士も次々に戦闘を中止していく。彼らが話している内容を聞くと、どうやらイルオール連邦側でも停戦命令が下ったらしい。


「これは、いったい……」


 リサの言葉に、ラムスが答える。


「『虹の翼』がうまくやったようだ。やつらは、オーリア帝国とイルオール連邦の戦争を終結させ、俺たち魔族の影響をこのアーケモス惑星世界から叩き出すことに成功した」


 誰かが停戦交渉を行っていた……? いったいどうやって?


 リサは武器を光の槍に持ち替えると、それを構えて、ラムスに問う。


「お前たち魔族はどうするんだ! まだやるのか!」


 その様子を見て、ふっと笑うラムス。彼は剣を鞘に収める。


「いいや。俺たちの約束は『この戦争への加担』、それまでだ。停戦が成立したのならば、俺と魔王陛下はここを去るのみ」


 やけにあっさりしている。だが、戦いが終わるというのなら、それを歓迎しないはずもない。


 

 ラムスは兵士たちでごった返す戦場を去って行く。


 リサたち三人はそれを眺めていていた。どうやら嘘ではないらしい。ラムスが急に振り返って襲撃をしてくる気配もない。


「では、リサ。俺たちも戻ろう」


「うん……」


 そう言って振り返ろうとしたとき、リサは空が唸っていることに気がついた。地面は日陰になっている。異様に大きなものの陰に。


 ゴウンゴウンゴウンとエンジン音のような不思議な轟音を立て、空から下りてくる巨大な紅い船。それが五隻もある。大空を覆ってしまっている。


「宇宙、船、だ……」


 思わず、リサは呟いた。


 間を置かず、巨大な宇宙船からの無差別砲撃が始まる。たったの一撃で大地は深くえぐれる。イルオール連邦前線要塞に陣取っていたイルオール連邦兵士たちが、片端から吹き飛ばされていく。


「リサ! 逃げるぞ、リサ!」


「先に逃げてて!」


「なんだって!?」


「わたし、まだから!」 


 リサは走り出す。戦場の奥へ向かって。無差別砲撃のなかを、土砂と血しぶきのなかをかいくぐって。

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