第十章 あったかもしれない(4)荒野分け目の戦い
リサは目を覚ました。
フィズナーとベルディグロウがそばに座っていて、ずっと見守っていてくれたようだ。リサはかすれた声で言う。
「ありがとう……」
「お前……!」「リサ!」
フィズナーはいまにも泣きそうなくらい嬉しそうだった。そして、ベルディグロウは安堵と慈愛の目を向けてくる。
リサは身体を起こした。ここはヴィ・レー・シュト要塞の中だ。どうやら、負傷兵としてベッドに寝かされていたらしい。
「ふたりとも……。心配かけて、ごめんね。ありがとう」
要塞の外からは戦の鬨の声が聞こえる。大軍と大軍がぶつかりあっているようだ。
要塞の中には、もうひとりいた。ラミザだ。
「ラミザ……」
ラミザはベッドに近づいてくると、上体を曲げて、目の高さをリサに合わせる。
「リサ、動けるかしら? 外傷は特になし。眠りの術も完全に解けて、すっきり起きれたはずだけど」
「うん。よく寝たあとみたい。ありがとう、ラミザ。助けに来てくれたんでしょ?」
だが、ラミザはそれには答えない。彼女は事務的に、戦況を説明する。
「現在、オーリア帝国軍がイルオール連邦の前線要塞を攻撃中。
「『新イルオール連邦』?」
「彼らは全員が彗星銃を持ち、彗星砲さえも使用する、いままでに類を見ない攻撃部隊。彼らが、『黒鳥の檻』を滅ぼしたとのこと」
「え? あのテロ組織を?」
その情報は衝撃的だった。リサたち、特にフィズナーがこのアーケモス大陸に戻ってきた理由のひとつ。それが『黒鳥の檻』だ。だが、それすらも滅ぼしてしまう、『新イルオール連邦』とは、いったい……。
「しかも、『新イルオール連邦』には、魔族までもが堂々と加担しています。もはや、なりふりを構わないようです」
「じゃあ、なんとかしないとだね。それに、魔族が来るってことは――」
リサがそこまで言い、フィズナーのほうを見る。彼は口を開く。
「黒魔騎士レグロスもいるんだろうか?」
ラミザは答える。
「接近中の魔族は三人。レグロス、ラムス、そして魔王アルボラ」
「魔王!?」
「四大魔侯爵だけでは事態が収まらないと踏んだのでしょう。魔界から彼らの上役が出てきたということ」
黒魔騎士レグロスはジル・デュール公爵領を壊滅させた張本人。リサは、以前、フィズナーがそう言っていたことを思いだした。ひとりひとりが戦略兵器級――それが魔族だ。その魔族が三人も来ているとなると……。
ところが、ラミザはリサの想定外の提案をする。
「魔族の女王、アルボラはわたしが引き受けます。彼女の狙いは、おそらくわたし」
「えっ!?」
「……問題はありません。彼女は、わたしと話がしたいだけだと思います」
「話って、戦場で?」
「ですから、レグロスとラムスの相手を、三人に任せます。とくに、レグロスはすでに満身創痍。好機です」
ラミザはどこまで情報を掴んでいるのだろう。魔族に関して、知らない話が次々に出てくる。
フィズナーが椅子から立ち上がる。
「あの黒魔騎士レグロスが満身創痍? いったい何が――」
だが、ラミザは今度は彼の問いに答えず、ただ、リサをのみ見る。
「リサ。下で待ってるからね」
++++++++++
リサたち三人は要塞を出た。
崖の下のイルオール連邦の前線要塞では、激しい戦闘が行われている。容赦のない殺し合いだ。
だが、今回は皇帝クシェルメートは戦場に自ら出ず、崖の上で側近たちとともにその様子を眺めているのだった。
「クシェルメート陛下」
「おお、リサ、起きたか。魔族に
「……ご心配をおかけしました」
「よい。こうして余の元に戻ってきたのも、また神の思し召しというものだ。だが、そなた、また戦場に出る気か?」
皇帝クシェルメートのその問いには、その言葉通りの意味以上の何かがあった。リサはそれを、正しくとらえたつもりだ。
「……はい。このままにはしていられません。わたしはわたしの、決着を付けないといけないんです」
「はは、難儀なものだな。……遠くに接近中の軍勢が見えるだろう。あれが『新イルオール連邦』という集団だ。あのなかに、魔族もいる。では、行って参れ」
リサが見やるとたしかに、イルオール連邦側に参加しようという軍勢が、猛然と戦地に飛び込んできていた。
まずは、あれを迎え討たなければならない。
++++++++++
リサたち三人は坂道を駆け下り、崖下の戦場へと飛び込む。
リサは左手に光の槍を出現させ、迫り来る敵を次々薙ぎ倒していく。光の槍から放たれる光弾もふんだんに使い、露払いをしてから直接攻撃を打ち込んでいく。
「わたしは、ここにいる!」
リサは光の槍に空冥力をため込み、そして、地面に叩きつけた。
めくれ上がる地面とともに、敵兵が上空へ打ち上げられる。だが、それは威力よりも、派手さを重視したものだった。一瞬、溢れんばかりの空冥力が、光の柱となって空に輝く。
これは、魔族に対して、リサが――『月の夜の狂戦士』がここにいるということを知らせるための信号のようなものだった。
さあ、果たして――。
「邪魔だ邪魔だ邪魔だあ!」
猛獣の吠え声のような怒号とともに、魔族が近づいてくる。褐色の肌に巨体、黒い甲冑、そして黄髪。大剣を片手で振り回し、オーリア帝国兵もイルオール連邦兵もどちらも構わず蹴散らしている。
「あれだ、あいつが、黒魔騎士レグロス! だが――」
フィズナーが剣を構えた。しかし、リサにも彼の動揺がわかる。
いまのレグロスには左腕がない。隻腕の大剣使いと化している。通常左腕に装着するのが慣例となっている星芒具を、右腕に固定しているようだ。
いったい、誰が彼をあそこまで追い詰めたのだろうか。
「だが、とにかくやるだけだ!」
フィズナーは星芒具で身体強化を行い、剣で敵を斬り進み、レグロスの前に立つ。
レグロスはフィズナーを見て、にやりと笑う。しかし、それは余裕に満ちたものではなく、焦燥に駆られたものだった。
「お前は、オン家の小僧か! 公爵家の警固騎士隊くずれの!」
「なんとでも言え!」
「お前を今度こそ確実に殺す! お前を殺して力を証明する! 俺が、この俺が、オーリア帝国人ごときにここまでやられたなどと、そんなことは何かの間違いだ!」
「なに……?」
「あの参謀官の女、アーケモス人のくせに、俺の片腕をもって行きやがった! 許さねえ! 許さねえぞ! アーケモス人が!」
レグロスをここまでボロボロにしたのはラミザだったのだ。ここまで追い詰めておきながら、情けをかけた? いや――興味さえなかったのか。
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